第99話 さようなら:梅2

「新しい家政婦さんを雇われるのですか?」



 広い屋敷だ。


 加えて、育ち盛りの男子だって三人もいる。



 いくら元気とはいえ、老体の梅ひとりで切り盛りするのは大変だろう。


 せめて守蔵が戻ってきてくれれば、だいぶ違うのだろうが。



 梅は首を横に振り、紅葉もみじを見つめる。


 そして、あろうことかニュッと口端を持ち上げた。



 瞬間。


 ゾクリ――と冷たいものが紅葉の背中を這い回る。



 この世のものとも思われぬ得体の知れない霊気が、ぞわぞわと体中を撫でてくるような……超絶不吉な予感しかしない。



「家政婦は雇いません。わたくしは、待つことにしたのです。孫の嫁がやってくるのを――」



 きっと普通の言葉だったのだろう。



 けれど紅葉には限りなく呪詛のように聞こえた。


 その証拠に、身体が金縛りにあったかのように動かない。


 指一本ですら、瞬きひとつすら、自由が利かない。



 呪縛にあった紅葉をそのままに、梅が続ける。



「はっきり言って、朝比奈あさひな家は裕福です。都内一等地にあるこの千坪の敷地も、各地に点在する別荘も、かつて、八卦見はっけみを生業としてきた頃の朝比奈家の財産。――ですが、もはや今のこの家には必要ないものであることも事実。孫の嫁が来てくれたその時には、全てを差し上げてもいいと考えているのです!」



 陰謀だ。


 貧乏人を捕まえて、立派な餌で釣ろうとしているのか。



「そ、そ、そ、そうですか。三人とも素敵な方々ですから、きっと素晴らしいお嫁さんが来てくださると思います。でも、それまでは大変でしょうから、やっぱり家政婦さんを雇われた方がいいと――」



 なんとか持ち前の根性で呪縛を解くと、宇宙に呑み込まれてしまわないよう、紅葉は懸命に歯を食い縛った。


 せっかく学生に戻れるというのに、ここでまたくじかれては堪らない。



 特に梅は、女子に学問は必要ないという古いタイプの人間だ。


 ほんの一瞬でも気を抜いてしまえば、祥子しょうこの待つ学校へは永遠に戻れなくなる。


 紅葉は必死に財産には興味がないという態度を強調してみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る