第94話 さようなら:廉弥1

 廉弥れんやは真剣に銀色の金属箱を覗き込んでいた。



 周りには部品が入った箱や雑誌、スチロールやコード類、接着剤や工具などが散らばっており、足の踏み場がない状態だ。



 茶色の髪が額からサラリと流れ、整った横顔をさらに引き立てている。


 やっぱり廉弥もかなりの美形だ。


 紅葉もみじは改めてそう思った。



 床に胡座あぐらをかいた廉弥は、右手に精密機器用の小さなドライバーを持っている。



 また新しいパソコンを組み立てているようだ。



 金属箱の中はよく分からない配線や、小さな部品がひしめき合っている。


 その間を縫うようにして、部品を適切な場所へ固定し、器用に小さなネジを嵌めていく。


 緊張感に満ちた作業を、廉弥は慣れた手つきで淡々とこなしていった。



「廉弥はやっぱり、大学は医学部なの? それとも工学部?」



 朝比奈病院は大きな病院だ。


 千弥せんやが継ぐとしても、他の兄弟だって医者を目指すのが普通だろう。



 しかし趣味がこれだけオタクなのだから、廉弥はそちらへ進みたいのかもしれない。


 そういう意味では、千弥が既に医学部へ進んでいるぶん、次男の廉弥や三男の悠弥ゆうやは自由とも言えるだろう。



「どっちがいい?」


「ぃへぇ?」



 思わず変な声が出た。


 他人の進路など考えたこともない。



にぶいな。お前が彼氏にするとしたら、どっちがいいかっていうこと!」



 下を向いて作業を続けながらも、廉弥の顔は赤くなっていた。


 耳まで真っ赤になっている。



「うーん、どうかなぁ。わたしは保育士になりたいと思ってるから、どっちも縁がないかな」



 どっちかは好みだと疑ってなかった廉弥は、あからさまに「ちっ」と舌打ちした。


 不満をあらわに眉を寄せ、端正な顔を思い切りしかめている。


 やはり紅葉の心はまったく読めないようだ。



「それはそうと……あれ、本当にいいのか?」



 フィギュアが並べられている棚を廉弥が指差した。



「うん。だって高木家のアパートには狭くて置けないんだもん。あ! でもダメだよ。勝手に捨てたり売ったりしたら怒るからね!」



 廉弥に貰ったエリオットのフィギュアは、ケースも含めるとかなり場所を取る代物だった。


 そんなものを狭いアパートに持って帰ったところで破損してしまうだけだろう。


 大切なものだからこそ、紅葉は断腸の思いで廉弥に返却したのだった。



「……ねぇ、廉弥。また怒るかもしれないけど、秋葉原で会ったあの美咲って子のこと赦してあげなよ。きっと反省して……」


「うるさい! 紅葉には関係ないだろ!」



 あまりの剣幕に息が止まった。


 少しは覚悟していたが、ここまで激昂されるとは思っていなかった。



 思わず「ごめん」と謝ると、廉弥はさらに怒りを募らせた。



「〈さとりトリ〉は害になるだけだ! もう、ここには来るな!」



 紅葉は寸秒でキレた。



「わたしだって好きでそんなモノに生まれついたわけじゃないわよ! なによ、廉弥なんて。悠弥の方がずっと可愛かったわ!」



 廉弥は黙ると、じっと紅葉を見上げた。


 まだ見ている。



「悠弥と約束したのか?」



 辛うじて疑問符が付いていたが、語調は叱責に近かった。

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