第93話 さようなら:悠弥

「なんだ、悠弥ゆうや。いたの?」



 悠弥は無言でぷいっと横を向く。


 見れば目を真っ赤にしている。



 子供にとって別れは精一杯に悲しいものだ。


 紅葉もみじは近づいて頭を撫でた。



「悠弥、背が伸びたね。格好良くなった。――って前から格好良かったけど、これじゃもっと女の子にモテモテ……」


「うるさい! 紅葉なんか嫌いだ、おばさん!」



 思わず沈黙してしまった。



 別れを悲しむ子供の心を考えれば、あまり軽い言葉をかけるべきではなかったはずだ。



 何か言わなくてはと焦ったが咄嗟にかける言葉が思いつかず、紅葉は沈黙を続けてしまった。



「言い返せよ! おばさんじゃないって!」



 叫んだ悠弥は紅葉へと抱きついた。


「ごめんね」と言うと、悠弥はさらに泣いた。



 紅葉は膝をつき、悠弥の肩を抱く。



「泣かなくてもすぐに会えるんだよ。住み込みじゃないけど、月に二回は来るから。お花見だってしようね」


「俺は、子供じゃない! 子供扱いするな!」



 そう叫ぶと悠弥は紅葉の唇にキスをした。



 何が起こったか分からず呆ける紅葉に、真っ赤な顔で言い放つ。



「約束しろよ! 今度来た時は、俺と一緒に寝て、俺と一緒に風呂に入るって!」


「なっ……」



 微妙だ。


 小学四年生。



 いや、四月からは五年生だ。



 一緒に寝るのはいいけれど、風呂はどうなのだろうか。


 紅葉の弟は、既に低学年の頃から一緒に風呂に入るのを嫌がっていたと記憶する。



 でも、まぁ……。



「……いいよ」



 現金なものだ。


 悠弥の顔はパッと明るくなった。



「そのかわり、悠弥も腹巻きして寝るんだよ」



 ひくひくと、悠弥は顔を引き攣らせた。

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