第78話 隠されたもう一つの能力

 紅葉もみじは懸命に縄を解こうとしていた。



 善弥ぜんやの傍にいて心を読まれない人間は、〈さとりトリ〉である自分だけ。



 悠弥ゆうやが捕らえられている以上、千弥せんや廉弥れんやは動けない。



 ――自分の縄を解き、タイミングを見計らって悠弥を逃がせば、二人はこの状態から解放されるはず。


 そう信じて、しきりに手首を捩り縄と格闘を続ける。



 誰の目から見ても、夜霧よぎりの精神はもはや正常ではなかった。


 悲願の朝比奈あさひな三兄弟を目前にして、その瞬間に魂は崩壊したのだ。



 故に、その心も狂ってしまっている。



 いくら心を読む覚でも、そんな人間の心を正しく読むことは不可能だった。



 夜霧は歓喜に心を躍らせ、この状況に酔いしれている。


 そして、波立つ狂喜に激しく顔を歪ませた。



「悠弥は、遠く離れた人間の心を読む遠読とおよみの力を持っている。素晴らしい力だが、さぞかし騒がしくて耳が痛い日々を送っているのだろうな。誰よりも多くの雑音に悩まされている。おお、可哀想に、クックックッ」



 善弥の後ろに立つ少年に向かって、夜霧は同情の顔を作ってみせた。


 受けた悠弥はふいっと横を向いて無視をする。



 不満そうにフンと鼻を鳴らすと、夜霧は中庭へと目を向けた。



「儂は知っているんだぞ。廉弥は、過去読かこよみの力を持っている。どうだ? 人が心の奥に仕舞い込んだ忌まわしい過去を盗み読むとは、いったいどんな気分なんだ? そこからはどんな声が聞こえる? 人は過去の過ちをどんな声で懺悔している?」



 空気が揺らいだ。



 懸命に脱出を図ろうとしていた紅葉は動きを止め、中庭に佇む廉弥へと視線を移す。



 過去読――。


 人の過去を読む力。



 隠されたもう一つの能力、過去読の力を持つ覚。


 それが、廉弥。



 廉弥は双眸を閉じていた。きつく結ばれた唇は微かに震えている。



 夜霧の言葉が彼の心を揺さぶり、責め立て、それは罪なことなのだと苛んでいる。



 夜霧の顔は満足そうに歪んでいた。


 そして、ゆっくりともう一人の方へと目を向ける。



 視線の先に立つのは、静謐な瞳を携えた美貌の男。



「悠弥も廉弥も、どちらも所詮はただの餌。儂が欲しいのは、遠読でも過去読でもない。千弥――お前が持つ先読さきよみの力だ!」



 衝撃に身を震えさせたのは、紅葉だけではなかった。



 目前に立つ金髪の覚は息を呑み、中庭に立つ端正な姿を凝視している。



 少し間を置き、信じられないというように首を振る。


 そして、千弥に向けて悲哀の視線を投げかける。



 まるで彼に対して同情しているかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る