第77話 狂った心

 中庭に集う四人のさとりを眺めやり、狂ったように嘲笑を吹き上げる。


 それは歓喜の色を纏っていた。



 善弥ぜんやが現れる直前まで、夜霧よぎりは奥の部屋に隠れていたようだ。



 覚の力を持たない彼は、千弥せんや廉弥れんやに向かっていくなどできはしない。


 そんなことをしたところで、他の男たち同様にあっけなく心を読まれ、腕なり足なりを折られるだけだ。



 善弥が悠弥を連れてきたところで登場し、己の目的を遂げればいい。


 夜霧はそう考えていたようだ。



「久しぶりだな、廉弥。そして――千弥」



 放たれた言葉には、積年の恨みが渦巻いている。



 いや、もしかしたら溢れんばかりの羨望だったのかもしれない。



 もう一度しなやかな仕草で前髪を払うと、千弥は髭を蓄えた初老の男へと向き直った。



「夜霧さん、あなたは本当にしつこい人ですね。僕がダメなら廉弥を、廉弥がダメなら悠弥を。そうやっていつも僕たちを困らせる」


「そうだ! 俺も小さい時に何度もお前に誘拐されそうになったぞ! ピストル抜かれたこともあるし。いい加減に諦めろよ、じいさん!」



 廉弥が勢いづいて、さらにその上毒づいた。



 夜霧は、千弥が幼い時には彼を狙ってしつこく追い回していた。



 千弥が成長し武術に優れると、今度は廉弥を誘拐しようと躍起になっていた。



 しかも廉弥の時は、殺さない程度に傷をつけてでもと、ピストルで撃たれそうになったことがある。


 それが廉弥の言うところの「実践」だった。



 そして廉弥が成長し自分の身を守れるようになると、今度はまだ幼い悠弥が狙われることとなった。



「夜霧さん、そちらにも素晴らしい覚がいらっしゃる。なのに何故、悠弥を攫ったりするのですか?」



 善弥の方に視線をやってから、千弥は夜霧に向かって問うた。



 静かな声音だった。



「そうだぞ! その金髪男が一人いれば十分だろっ! なんでだよ!」



 廉弥も同様に問うた。


 しかし彼の声は焦慮に駆られている。




 覚である二人が問う――。




 その現実は、夜霧の心が読めないという事実を示唆していた。



 口を揃えて問い質してくる二人に向けて、夜霧は不適な笑みを返す。



「ふん。儂がどれだけの間、お前たちを求め続けてきたと思うのだ?」



 髭の生えた口元を歪ませ、クックッと嫌な笑いを漏らした。



朝比奈あさひなが家業を解散しその家督を忘れても、夜霧は覚を追い求めてきた。何故だか分かるか? 人智を超えた能力は弱き人々の心を救う。そういう人間の為に、夜霧は八卦見はっけみを捨てるわけにはいかなかったのだ。だが、待てど暮らせど覚は生まれぬ。やっと探し当てたのがその男、善弥だ。儂は善弥と出会って驚くべき真実を知った。激しく先祖返りをした覚の力は、人の心を読む、そんな陳腐なモノではない。――儂が知らないとでも思っているのか? お前たちの本当の能力を!」



 叫ぶ男の心は、既に狂気に支配されていた。



〈覚〉を崇める狂信者と成り果てて。



 狂気を孕んだ笑声は、そこに集う全ての者に戦慄を覚えさせた。

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