第79話 未来を読む力

 先読さきよみ――。


 人の未来を読む力。



 隠されたもう一つの能力、先読の力を持つさとり


 それが――千弥せんや



 しかし、千弥は特に表情を変えてはいなかった。



「……よく、ご存じで」



 そう一言だけを夜霧よぎりへと返す。



 落ち着き払った彼の態度が、凄まじく先読の能力を肯定させる。


 今、この時の状況さえをも、既に彼は予知していたのだと。



「ふははは。千弥――儂は嬉しい。よくぞここまで生きていてくれたものだと、礼を言わねばならないだろう。先読の力を持つ覚は長生きはできぬ運命。人の未来に、世界の未来に、そして自分の未来に絶望する。そうして、哀れなお前は、精神を病み心を失うか――もしくは、自決する。それが本来の辿るべき道だったはずだ」



 ――死を望む。



 これが理由だ。



 紅葉もみじの中で、激しく記憶が交錯する。



 千弥に感じた異常なまでの苛立ちは、彼に架せられた運命への憤りだ。


 それに翻弄され、抗わぬ彼自身への怒り。



『静かだね、紅葉』



 何度も呟かれた言葉の意味。



『紅葉なら……僕を殺していいよ』


『僕は……何故生まれてきたんだろう』



 彼に与えられた希望とは、死、それだ。



 それだけだ。



 誰よりも、何よりも、辛いこととは何だろう。


 貧乏でも、失恋しても、それでもきっと生きていける。



 だけれども――。



 未来に失望してしまったら、きっと人は生きられない。




 夕陽の丘で燃え立つ湖を見つめた瞳には、どんな未来が映っていたのだろう。


 彼の心は傷ついて、ズタズタに切り裂かれ、望みを抱くことを止めていた。



 けれどあの時。



 君が傍にいてくれるならもう迷わない、そう言った彼は一筋の希望を求めていた。


 最後に抱いた希望だったのかもしれない。



 それを振り払った非情な自分は――。



 紅葉の心は悔恨に似た念に激しく責め立てられていた。


 打ち震える心は、その振動を身体へも伝えていく。



 喉の奥が熱くなり、耳の奥を何かが這い上がる。


 その耳に、夜霧の言葉が止めを刺す。



「千弥、自分の未来を――読んだのか?」



 低く放たれた問いは、刻を止めた。

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