第十章 嵐来たりて

第63話 妙な胸騒ぎ

 季節は冬へと移り変わる。



 十二月。



 短い秋はすっかり影を潜め、冷たい風が頬を掠めていく。


 街はクリスマス用の装飾品で溢れかえり、人の心も浮き立っていた。



紅葉もみじ、ここですわよ」



 ファミレスに入ると懐かしい親友が手招きをした。



 そそくさと席に移動した紅葉は、マフラーを解いて上着を脱ぐ。


 カフェオレを一口飲むと身体がほんわか温かくなった。



「久しぶりだね、祥子しょうこ。元気だった?」


「ええ。そこそこ元気ですわ。……紅葉こそ、その……思ったよりずっと元気そうで何よりです」



 挨拶を返す祥子の声は少しぎこちない。



 心配してくれているのだと感じた紅葉は、目一杯明るく笑う。



「うん。真鍋まなべ君に振られた時はちょっと辛かったけどね。――祥子の言いつけを守らずに、ずっと事情を説明しなかったわたしが悪い。メールも何度も貰ってたのに、どうしても返信できなかった。わたしって最低。自業自得。真鍋君に申し訳なくって、本当に自分が嫌になったよ」



 祥子は笑顔で聞いていた。



 が、やがてその顔に苦渋の色を滲ませる。


 ミルクティーを一口啜り、軽く頭を振ってから口を開いた。



「実は、紅葉。今日はそのことで話があるのです」



 そう言うと、祥子はいつになく神妙な面持ちで思案に入ってしまった。



 彼女がどう切り出そうか悩む姿など、紅葉の記憶にはないことだった。



 妙な胸騒ぎがする。



「何か……あったの?」


「……ええ。本当は順を追って説明したいのですが……。紅葉、和人かずとのお母様がお亡くなりになったのを知っています?」



 真鍋の母親が亡くなったなど、初耳に決まっている。



 驚いた紅葉は、すぐに激しく首を振った。



 祥子と真鍋は幼馴染みで、家同士の付き合いも長い。


 真鍋の母親が亡くなり、祥子の家族は通夜や葬儀の手伝いをしに行ったのだという。



「その時に和人と話をしたのです。紅葉とは別れたと言っていましたけれど、あまりに様子がおかしいので、落ち着いた頃を見計らって家に呼び出してみたのです。そうしたら――」



 祥子は言葉を切った。



 紅葉の瞳をじっと見つめ、まるで瀬踏みをするかのように間を置いている。



 ゴクリと音を立て、紅葉は唾を呑み込んだ。


 同時に祥子が口を開く。



「紅葉と別れるよう、脅迫されたと白状したのです」



 一瞬、頭が空白になった。



 想像だにできない展開。


 それに脅迫などとは、どう考えても穏やかな話ではない。



 誰が何のためにそんなことをするというのだろうか。



 驚く紅葉をそのままに、祥子が続ける。



「脅迫とは、ちょっと言い過ぎかもしれませんけれどね。……最初は小学生くらいのとても可愛い男の子だったようですわ。何でも、紅葉の気持ちを疑うのならすぐに別れろと詰め寄ってきたとか。ちょうど和人も、紅葉から何の連絡もなくて悩んでいた時だったようで、とても驚いたそうですわ。まぁ、小さな子供の言うことですし、和人も相手にしなかったようですが」



 悠弥ゆうやだ。


 すぐに紅葉は直感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る