第64話 衝撃の事実

「それから数日して、髪と瞳が茶色い美形が現れたそうです。この時は、流石に和人かずとも怖かったと言っていました」



 廉弥れんやだ。


 この流れからして、気のせいであるわけはない。



「な、何を言われたの?」



 恐れるように紅葉もみじは訊いた。


 握った手に嫌な汗が浮かび上がる。



「わたくしから紅葉に話すのもいかがなものかと思うのですが……。和人は昔、一度だけ万引きをしたことがあるみたいなのです。本人が言うには両親の気を引きたかったのが理由だったとのことですけれどね。その美形がどうしてそんなことを知っていたのかは不明なのですが――とにかくそれを盾に、紅葉と別れろと脅してきたそうなのです」



(廉弥、最低!!)



 心の中で紅葉は叫んだ。


 人の過去を持ちだして脅迫するなど、男として言語道断だ。



「それが理由で、真鍋君はわたしと別れることにしたの?」



 祥子しょうこは首を振った。



「いいえ。万引きのことを紅葉に言いたければ言えばいいと突っぱねたそうです。過去のことですし、たぶん和人もいつかは紅葉に話そうと思っていたのだと思いますわ。和人はそんなことで屈したりする人間ではないですから」


「そうよね。真鍋君は悪に屈したりしな……」



 紅葉が同意する言葉の途中で、祥子は悲しげに首を振る。



「でも……結局は屈したのですわ。次に現れた、驚くほどの美麗に」



 千弥せんや――。



 絶句する紅葉。


 祥子の言葉もここで沈黙へと変わった。



 二人は見つめ合ったまま、長い間押し黙っていた。


 ファミレス内を流れる軽快な音楽も、今はまったく耳に入ってこない。



 彼はいったい何を真鍋に言ったのだろうか。


 訊くのが怖かった。



 暫くの間、祥子も口に出すのを憚っていたが、覚悟を決めたように重々しく口を開いた。



「もうすぐ、和人のお母様が亡くなる――と」



 全身から血が引いていく感じがした。



 今、祥子は何と言ったのだろう。



 頭の中を何かでぐるぐると掻き回される、そんな感覚に嘔吐感さえ誘発される。


 額には汗が滲み、言いしれぬ恐怖が心を蝕んでいく。



「実際和人が家に戻ると、お母様が救急車で運ばれていくところだったようなのです。くも膜下出血だったのですが……。結局、入院されて二週間で亡くなりましたわ。それで和人も流石に怖くなったみたいで、紅葉とは別れることにしたと――。紅葉、大丈夫ですの?」



 紅葉の身体は激しく揺さぶられた。


 ハッと我に返る。



 紅葉の異変に気づいた祥子が、肩を掴んでいたのだ。


 心配そうな顔で覗き込んでいる。



「……どこ?」


「え?」


「真鍋君のお母さんが亡くなった病院」



 紅葉の声は震えている。



「確か、朝比奈あさひな――」



 ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がった。



「ごめん。わたし、帰る」



 拳をきつく握り、紅葉はその場を後にした。

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