第60話 告白

 最初は、紅葉もみじの失恋を慰めてくれているのかと思って聞いていた。


 けれど、どうも様子が違う。



 紅葉の中で言いしれぬ不安が膨らんでいく。


 自分で点てた薄茶を一気に飲み干すと、梅は何かを振り払うように首を振った。



「紅葉さん、これからわたくしが話すことを聞いて赦せないと思うのでしたら、どうか恨むのはこのわたくしだけにしてください」



 梅の腕は震えていた。



 ピンクの洋服をぐっと握りしめている。


 気のせいか緑の髪はしんなりとして、纏う妖気も弱まっている。



「ある時、主人から一通の手紙が届いたのです。依然行方知れずのままですが、その手紙には……。紅葉さん、あなたのことが書いてあったのです。〈さとりトリ〉を見つけた、と」



 ガタンと音を立て、薄茶器を落とした紅葉は身を固くした。



 今、何を言われたのだろう。



 反復しようにも頭が空虚になっていた。


 眼球は視点を定めず、唇は小刻みに震えている。


 いったい梅は自分に何を告げたのか……。



「――た……ですか?」



 やっとのことで発せられた紅葉の声はかすれれていた。



「わたしと――わたしの家族を騙したのですか!?」



 皺に埋もれた梅の目から涙が零れる。


 ぽたぽたと音を立て、畳に染みを刻んでいく。



「違います、どうか聞いてください! お父様にお金をお貸ししたことについては本当に偶然だったのです。信じてください。ですが――それを利用して、紅葉さんをこの家に招いたのは事実です」



 梅の目に映った紅葉の顔は、言いしれぬ悲しみに彩られている。



 梅はその場に跪くと、頭を床へと押しつけた。



後生ごしょうです、紅葉さん。どうか……どうか赦してください。わたくしは孫達が不憫でならなかったのです。人の心は醜く、鬼が棲み、常に誰かを貶めようと画策しているもの。そんな世界で苦しみながら生きているあの子たちに、慰めと安らぎを与えてあげたかった。卑怯だとは思います。でも、老い先短いわたくしの願いだと思って、どうか慈悲を。紅葉さん――」



 小さな身体を投げ出して、梅は紅葉に抱きついた。


 その勢いに押され、紅葉の体は後ろへと倒れそうになる。



 彼女は今、朝比奈あさひな家というプライドも何もかもかなぐり捨てて、ただひたすら取るに足りない一人の少女に懇願していた。

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