第61話 クリスマスの約束
正直――。
大きいようで小さいようで、曖昧すぎる。
当然、梅の話に憤りを感じないわけはない。
けれど、
なんの取り柄も持ち合わせていない、こんな自分にどれだけの価値があるというのだろうか。
必要とされたことこそ、幸運と思うべきではないだろうか。
そんな想いが自分の中で激しく交錯している。
視界に映る梅の身体は震えていて儚げで……。
紅葉は可哀想だと思った。
これ以上沈黙を続けるのも
そんな風に思い至ってしまうほどに。
「……梅さん、ごめんなさい。少しびっくりしただけですから、どうか顔を上げてください。わたしは怒っていませんし、もう大丈夫ですから」
口から流れ出た言葉は、自分も驚くほどに穏和だった。
そして自然な笑みを浮かべてみせる。
しかし紅葉は、梅とは目を合わせないように努力した。
皺と涙でぐちゃぐちゃになった梅の顔は、今のこのシリアスな状況では見ない方が平和だろう。
「紅葉さん……」
紅葉の手を、梅はぎゅっと握りしめていた。
とても老人とは思えないほどに力強い。
少し躊躇したが、紅葉も梅の手を握り返した。
大きく一つ深呼吸をして気を取り直すと、話を最初へと戻す。
「梅さんは、ご主人様がここへお戻りになると信じておいでなのですね」
もし勘が当たっているとしたら、紅葉は梅の夫を知っている。
いつどこで会えるのかも。
「……わたくしも、行方知れずの主人ももうこの年です。いつ死んでもおかしくはありません。あれほどに主人を傷つけたわたくしが、今生でもう一度会いたいなどと願うのは罪深いことだと思っています。ですが、願わくばもう一度――」
弱音を吐く姿が可愛らしく見えた。
しかし梅が死ぬなどとは何かの冗談だろう。
しわしわの頬を赤く染める梅の姿を見て、不老ではないが不死だろうと思った。
「ご主人様はきっとお戻りになられます。梅さん、今年のクリスマス・イヴはわたしと過ごしてくださいませんか?」
聞いた瞬間、梅は身軽な動作で後ずさりした。
一変して疑いの目を向けてくる。
何を勘違いしたのだろうか。
苦笑しながらも、紅葉は続ける。
「もしかしたら、今年はわたしがサンタクロースになれるかもしれません」
さっき受けた衝撃はどこへやら。
紅葉はとても嬉しい気分になっていた。
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