第50話 だからいっぱいになる

 土曜日の昼下がり。



 本を捲りながら、紅葉もみじ物憂ものうげに空を見上げた。


 薄くかかる長い雲が、秋の空を感じさせる。



 夏の空は地上に近く、冬の空は遙かに遠い。


 秋の空は離れていく人の心を感じさせる。


 少し寂しげだ。



 梅に頼まれて、紅葉はリビングで本の虫干しをしていた。



「絶対、グーだよね」


「あれは、間違いなくこぶしだ」



 悠弥ゆうやの意見に廉弥れんやが同意する。


 何故だか非常に力強く、きっぱりと。



 相当暇なのか、二人ともリビングに来て、紅葉の虫干し作業を手伝ってくれていた。



 朝比奈あさひな家には洋館に建て直す前からの古い本がたくさんある。


 時々書庫から出して風を通してやらないと虫がつくのだ。



 二人の会話の意味することに紅葉はすぐに察しがついた。


 が、とりあえず無視することに決めた。



 家政婦なのだから、あまり個人の事情に首を突っ込まない方がいいだろう。



「あの人かな。大学生モデルの綺麗な人」


「どうかな。いっぱいいすぎて特定するのが難しい」



(いっぱいいるのか。そのうち刺されるわよ)



 思わず口に出しそうになったけれど、慌てて聞こえない振りに徹する。


 どうあっても、家政婦としてはこの内容に参加してはいけない。



 しかし、



廉兄れんにい、読んでみた?」


「悠弥こそ、読んでみろよ」



 決意も空しく、ここで紅葉は敢えなくキレた。



「いい加減にしなさいよ! 人の心を読むことを堂々と押しつけあうなんて。あなたたち、最低よ!」


「なーんだ、やっぱり聞こえてるんじゃん」


「紅葉はたぬきだな」


「うっ」



 二人の突っ込みに声を詰まらせる。



「紅葉はどう思う? 千兄せんにいの顔」


「そんなの知らない。わたしは見てないしっ」



 悠弥の問いを受け流し、紅葉はそっぽを向いてまた本をめくり始めた。


 これ以上、彼らの話に参加してはならない。



「すっごい腫れあがってて、まるでお岩さんみたいになってたな」


「嘘! そんなに酷くはなかったわっ」



 廉弥のひっかけにあっけなく撃沈。



「紅葉の方が嘘つきだ。ほんとはちゃんと見てたんだ」



 悠弥にすっかり呆れられた。


 ここへきて紅葉はやっと観念する。



「はぁ……千弥せんやさんって、そんなに彼女がたくさんいるの?」


「たくさんって言うか、進行形は一人だと思うけど、過去形が増殖してる」



 廉弥の説明に、紅葉は眉間に皺を寄せ思いっきり首を傾げた。


 何を言っているのか分からない。



「千兄は一人の人と、最長でも一ヶ月しか付き合わないことにしてるらしいんだ」


「だから、いっぱいになる!」



 何故だか悠弥は嬉しそうに「いっぱい」を誇張する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る