第八章 千弥

第49話 家政婦は見たけど見てない

 今年の夏は暑かった。


 そして残暑も厳しい。



「そうはいっても九月だもんね、やっぱり朝晩はちょっと涼しくなったなぁ」



 紅葉もみじは窓から夜空を仰ぎ見た。


 煌々こうこうと降り注ぐ満月の光が、室内を明るく照らしている。



 机上には廉弥れんやからもらった「七人の魔道士」の主人公エリオットを模したフィギュアが飾られていた。


 大きなケースの中に佇む精巧な造りのフィギュアを眺め、紅葉は幸せの吐息を漏らす。



 今夜は中秋の名月。


 ススキと里芋、それから梅の作った団子を供え、さっきまで月見を楽しんでいた。



 悠弥ゆうやははしゃいで走り回り、団子をたらふく食べていた。


 オタクの廉弥はデジタルカメラを持ってしきりにススキと満月を撮影していた。


 なんでもブログに掲載するとか怪しい笑いを零しながら。



 梅の点ててくれた薄茶は相変わらず苦かったが、それでも少し慣れてくるとあのほろ苦さを心地良いと感じるようになっていた。


 何よりも心を豊かにしてくれる。



 外で車の音がした。


 暫くすると、玄関に人の気配が漂った。



 紅葉が玄関へ行くと、千弥せんやが帰ってきたところだった。


 既に時刻は夜中の十二時を回っている。



「千弥さん、お帰りなさい」


「あ……ただいま」



 千弥の様子にハッとした。


 思わず大声をあげそうになったが、ぐっと根性で堪えてみせる。



 自分はあくまで家政婦なのだ。



「今日はみんなでお月見をしたんです。もうおそなえも終わりましたし、良かったらお団子召し上がってくださいね」



 必死に平静を装い、笑顔で声をかける。



「うん。ありがとう……」



 敢えて千弥の顔を見ないよう努力して、紅葉は自室へと戻っていった。

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