第48話 買い忘れにご用心

「ちょっと格好良かったよ。これ、ありがとう」



 礼を言って、廉弥れんやに借りていたシャツを返す。



「家に着くまで着とけよ。みっともないだろっ」



 つっけんどんにそう言って、返そうとしたシャツを廉弥はまた押し返す。


 苦笑しながらも、紅葉もみじはもう一度シャツを羽織った。



「……ねぇ、廉弥。あとであの子のこと赦してあげなよ。あんな風に言ってたけど、本当に廉弥のことが好きなんだよ」



 ジロリ。


 白い目で廉弥が睨む。



「紅葉には関係ないだろっ」


「うっ……そうだよね、ごめん」



 すぐに謝罪した紅葉に、廉弥は苛立った。



美咲みさきとはとっくの昔に別れたんだ」


「でも……彼女の方はまだ」


「うるさい、黙って聞け。――紅葉には分からないだろうけど、俺はさとりだから聞きたくなくてもあいつのいろんな想いが聞こえてくるんだ。読むつもりがなくても、気を抜けばいつもあいつの心を読んでしまってる。最初はああいう我が儘なところが可愛いと思ったけど、だんだん鬱陶うっとうしくなって……。そう感じる自分も嫌になって……」



 紅葉は絶句した。


 そして後悔した。



 人の心を読む覚。



 そこには紅葉には分からない世界があって、きっと不都合なこともあるのだろう。


 廉弥には廉弥の考えがあって、そうして特殊な能力と向き合いながら懸命に生きている。



「ごめん、廉弥。わたし、鈍感で無神経で最低だった」


「あ、いや。そういう意味じゃなくて……俺の方こそ、悪かった」



 しょんぼりと謝る紅葉の様子に廉弥は焦った。


 しどろもどろになりながら、懸命に取り繕おうと努力する。



 しかし、それは一時だけだった。



「あーーーーっ!」



 朝比奈あさひな家の門扉近くまで帰ったところで、紅葉が突然叫んだ。



「な、なんだよ。いきなり大声出して」


「ぎゃぁぁぁ! エリオット様、買うの忘れたぁ!」



 頭を抱えて紅葉はうずくまる。


 かと思うと、すぐに立ち上がり踵を返す。



「買いに戻る!」


「うわっ。もう今日は諦めた方がいいって、夕方になっちゃったし」



 本当に秋葉原へ戻りそうな勢いの紅葉を、廉弥は慌てて止める。



「廉弥のせいよ! 廉弥の彼女に会ったせいで買えなかったのよ!」


「もう彼女じゃないって言ってるだろっ!」



 紅葉の言い方に思わずムキになる廉弥。



「廉弥はいいわよ。怪しげな部品、ちゃっかり買い込んでるんだもん。ずるい!」


「俺は要領がいいんだ。紅葉が呆けてただけだろっ」


「きぃぃぃっ! やっぱり今から買いに戻る!」



 どしどし歩き出す紅葉の腕を掴むと、廉弥はすっかり観念した。


 魂の抜け出しそうな溜息を吐き、弱々しく口を開く。



「……分かった。俺のをやるよ」



 紅葉が発した歓喜の声は、夕陽の空を突き抜けていった。

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