第47話 素敵な救出劇

「まさか、薬……?」



 男の様子はどうみても普通ではない。


 ぞくっ、と紅葉もみじ戦慄せんりつを覚えた。



「す、すぐに警察が来るから観念しなさい!」


「はぁぁぁん? 警察って何ぃぃ? あんた誰ぇぇ?」



 ダメもとで脅してみたが、やはり効果はなかった。


 なんとか逃げようと思ったけれど、肝心の美咲は紅葉の足元で震えて蹲ってしまっている。



「ちょっと、あなた、しっかりして――きゃっ」



 彼女に気を取られた隙に、とうとう紅葉は男に腕を掴まれてしまった。


 振り解こうしたが異常な程に力が強くて、どう藻掻いても解放されない。



 次の瞬間には、ビリビリと音を立て着ていた服が破られてしまった。


 怯んだ隙にスカートへも手が伸びてくる。



(誰か――廉弥れんや、助けて!)



 紅葉が心中で名前を呼んだまさにその時――。



「ぐぁぁぁぁっ!」



 絶叫と共に、男は悶絶した。


 彼の後ろには廉弥が立っていて、拳が思いっきり男の横腹にめり込んでいる。



 ぐらりと一つ大きく揺れたかと思うと、男はその場へ倒れてしまった。


 ピクピクと小さく痙攣している。



 はっきり言って、この時の廉弥は相当格好良かった。


 彼の端正な顔は、美少女を助けるヒーローとして十分通用するだろう。



「廉弥ぁぁぁ!」



 叫んで廉弥に駆け寄ったのは、もちろん紅葉ではない。


 コスプレ美少女の美咲みさきだ。



 しかし、廉弥は抱きつこうとする美咲を無情にも避け、紅葉の方へと歩み寄る。


 避けられた美咲は勢いのまま無様に転けた。



「バカだな、お前。強くないくせに、ヤク中の奴に向かっていくなんて」



 微苦笑する廉弥は、尻餅をついている紅葉に手を差し出す。



「廉弥の嘘つき。オタクだから弱いと思ってたのに」


「それはお前の勝手なイメージだろ。千兄せんにいには負けるけど、俺も一応黒帯だから」



 サラリと空手の有段者であることを告げ、廉弥は紅葉の手を取って立たせる。


 着ていたシャツを脱ぎ、破かれた部分を覆うようにして肩へとかけてくれた。



「そんな女、廉弥には似合わない! 廉弥にはわたしの方が相応しいわ! まさか本気でその子と付き合ってるわけじゃないんでしょ!」



 転んだままの状態で、美咲は泣いて叫んでいた。



 そんな美少女に廉弥は凍える視線を向ける。


 何の感情もない心底冷めた瞳。



 その辺の石ころを見つめるような、そんな無機質な眼差し。



「俺の彼女は――紅葉だけだ」



 紅葉はびっくりした。



 美咲はもっと驚いていた。


 同時に、美少女の顔面が絶望に覆われていく。



「警察呼んでおいたから、じゃあな」



 廉弥と紅葉が立ち去るのと入れ替わりに、美咲の元へ警察官が駆けていった。

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