第51話 彼氏がいます

 一ヶ月に一人なら、単純計算しても年に十二人にもなる。


 しかも千弥せんやの容姿なら、未来にも予約が殺到している可能性も考えられる。



 もしかしたら整理券を発行しているかもしれない。


 なんだかむかっ腹が立ってきた。



「確かに思いっきり殴られたって顔してたけど、そんなにコロコロ彼女を換えてるんだったら殴られて当然じゃない。っていうか、刺されても文句言えないわよ!」



 紅葉もみじは普通の意見を言った。


 しかし、二人は呆気に取られている。



「あれ? なんかわたし、変なこと言った?」


「……紅葉、千兄せんにいさとりなんだ。相手の考えてることが分かるんだから、基本的に殴られるなんてあり得ない。それ以前に、千兄なら殴られるような状況を作ったりしないだろうし」



 そうか、廉弥れんやの言う通りだ。



 千弥が殴られて帰ってくるということ自体が異常なのか。


 けれど紅葉は納得できなかった。



「いくら覚だからって人の心を全部読めるわけじゃないでしょ! 女心は複雑なのよ。千弥さんにだって予想のつかないことだってあると思うわ。わたしから見れば、千弥さんにかどわかされる女性の方が気の毒よ」



 言い終わってすぐに紅葉は後悔した。



 言い過ぎたかもしれない。


 悠弥ゆうやが真っ赤になって怒っている。



「紅葉には、千兄の気持ちが分からないんだ! 千兄は人の心を読めるだけじゃない。千兄は――」


「悠弥!!」



 廉弥の叱責が飛ぶと同時に悠弥は口を噤んだ。


 ただならぬ緊張の空気が漂う。



「な、なによ。千弥さんがどうしたの?」


「紅葉には関係ない」



 廉弥の声も緊張を帯びている。



「そうだよ。どうせ紅葉なんて彼氏もいないし、千兄の気持ちなんか分からないんだ」



 悠弥はフンッと鼻で笑った。



 流石に紅葉は、悠弥の態度の変え方に腹を立てた。


 思わずムキになってしまう。



「いるもん、一人だけど」



 驚愕の顔をして、悠弥と廉弥は口をつぐんでしまった。


 二人とも少し反省したのだろうか。



「……紅葉、俺たちも悪かった。無理しなくていいよ」



 単にあわれんでいただけのようだ。



「わたし、無理なんてしてない。本当だもん」



 廉弥の言葉にきっぱりと言い返す。



「嘘だよ。だって紅葉、この家に来てから一度もデートにでかけてないだろっ」


「うっ――、デ、デートなんてしなくても心が通じ合ってるんだからいいのよ!」



 子供相手に紅葉は完全に理性を失っている。



「ふうん。どうせ紅葉の彼氏なんて変な奴なんだろっ」



 悠弥はまだ信じていない。


 子供のくせに人をバカにしたような言い方をする。



「うるさいわね! 真鍋まなべ君はとっても優しくて格好良くて素敵なんだから!」



 流石さすがに悠弥は黙った。


 廉弥も固まっている。



 空気は重く、一秒がとても長く感じられた。



「紅葉さん、ちょっと手伝ってください」



 宇宙から助け船が降りて来た。


 ちょうど梅が紅葉を呼んだのだ。



 逃げるようにして、紅葉はリビングを出ていった。

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