第19話 長男:千弥 歓迎の印

 けれど言葉とは裏腹に、耳まで真っ赤になっている。



 紅葉ももじは「ふふーん」とにんまり顔になった。


 腰に手を当て、悠弥ゆうやの顔を覗き見る。



「なんだ。そうだったの? 子供は好きな子いじめが得意だもんね」


「俺は子供じゃないし、紅葉なんて好きじゃない!」



 ムキになって叫ぶと、悠弥は顔をさらに赤くした。



「あら、千弥せんやさんでしたの。てっきり廉弥れんやさんかと思っていましたよ」



 手を拭きながら梅がキッチンから出てきた。


 言い争う紅葉と悠弥に呆れ顔を向ける。



「紅葉さんも悠弥さんも、いつまでも玄関で大声を出していないで、千弥さんを通してあげてくださいな」



 紅葉と悠弥がその場を退くと、千弥は笑いながら家へとあがる。


 フジコを肩へと乗せたまま、流れるような動作で靴を脱ぐ。


 これもまた一枚の絵のようだ。



「残念。梅さんのビーフストロガノフ、食べたかったな」



 予め今夜のメニューが周知されていたのか。


 千弥は夕食を言い当てた。



 ビーフストロガノフ。


 高木家では当然食卓にあがったことなどないメニューだ。



 それに、この梅がそんな洒落た料理を作る姿などまったく想像できない。


 夜な夜な漬物を漬けるイメージなら容易に思い浮かべられるのだけれど。



「あら、千弥さん。これからお出かけですか」


「うん、ちょっとね」


「千兄はデートだよ」



 悠弥の声に、千弥は否定することなく涼しげに微笑む。



 この容姿では言い寄る女は数知れずといったところだろうか。


 もしやこの美男こそ、世に言う〈女の敵〉なのかもしれない。


 そう紅葉は直感した。



 千弥は突然くるりと向きを変えると、家族の会話をボーっと聞いていた紅葉の傍へと近づく。


 そのまま顔を近づけて、耳元に囁きかけた。



「歓迎の印」



 体中に鳥肌が立った。


〈女の敵〉決定だ。

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