第18話 長男:千弥 息が止まる、時間が止まる

 外で車の音がした。


 廉弥れんやという子供だろうか。



 いや、子供が車を運転するわけはない。


 それに、あの若々しい律子に悠弥ゆうやより大きな子供がいるとも思えない。



(旦那様かな。きちんと挨拶をしなきゃ)



 僅かに緊張しながら、紅葉もみじは玄関に移動し正座した。


 何故か知らないうちにフジコもやって来て、紅葉の隣に座っている。



 靴音が近づいて。


 ガチャリと玄関の扉が開かれた。



「はじめして。わたし、高木紅葉と申します。この度は父が大変お世話になりました。そのご恩をお返しするため、長女であるこのわたしが本日より精一杯奉公させていただきたいと思っています。不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」



 相手の顔を見るより早く、紅葉は床に額をつけて挨拶の言葉を発した。



「君が……紅葉ちゃん? ――なるほどね」



 頭上から降ってきたのは、凛とした、けれど優しい声。


 弾けるように驚いて、紅葉はやっとのことで顔をあげた。



 息が止まる。


 時間が止まる。



 そこには、〈美形〉という言葉では到底形容仕切れないほどの見目麗しい男がいた。


 黒真珠のように輝く大きな瞳孔は涼しげで、さらさらの髪の下で滲むように揺れている。


 すらりと高い身長と長い手足。細身だが何故かひ弱さを感じさせない体格。


 その姿全てが完璧。



千兄せんにい、お帰り」


「ただいま、悠弥」



 ということは、悠弥の兄か。


 いや、そんなはずはないだろう。


 親戚だろうか。



「げっ、フジコ」



 美男に駆け寄ろうとした悠弥の足が止まる。


 フジコは少年に対して強烈な威嚇を一つすると、ひらりと美男の腕へと飛び乗った。


 腕の中でフジコを撫でる青年の姿が、これまた美しい。



「珍しいね。フジコが初対面の人に懐くなんて。僕は千弥せんや。よろしくね、紅葉ちゃん」



 千弥と目が合った瞬間、紅葉は真っ赤になった。


 その様子を見て、横に来た悠弥が不満そうに紅葉の髪をぐいっと引っ張る。



「なっ……!」


「千兄に見とれるなんて百万年早いんだよっ」


「ち、違うわよ! このやんちゃ坊主!」



 二人のやり取りに、千弥は笑いながら長めの前髪を掻き上げる。


 彼の立ち居振る舞いは全てが美しい。



「もしかして――既に悠弥の彼女?」


「だ……誰がこんなおばさん!」



 悠弥は即座に抗議した。

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