第17話 三男:悠弥 やっぱりおばさんじゃん

悠弥ゆうやさん、失礼ですよ。紅葉もみじさんは今日からうちで家政婦をしてくださるお方です。きちんと挨拶をしてください」



 キッチンで夕食の支度をしていた梅が出てきた。



「梅さん、大丈夫です。まだ小さい子ですし……。それに、わたしは使用人ですから挨拶なんてとんでもない……」



 悠弥と呼ばれた少年は、紅葉が発した〈小さい子〉という言葉に異常なほど反応した。



「俺は朝比奈悠弥。小学生だからってバカにするな、おばさん!」



 紅葉はキレた。



「おばさんは失礼でしょ! いくら子供だからって赦さないわよ!」


「じゃあ、いくつ?」


「十六よ。今年十七になる華の女子高生なんだからね!」



(留年だけど……)



 胸を張る紅葉に悠弥は笑う。



「なんだ、やっぱりおばさんじゃん」


「そりゃあ、小学生から見たらおばさんかもしれないけどっ。世間一般じゃ、ぴちぴちの華の乙女なんだから!」


「俺、『ぴちぴち』って久しぶりに聞いた! それって死語だろ? やっぱり、紅葉はおばさんだぁ!」


「きぃーっ! ちょっと赦さないわよっ」



 既に二人の会話は使用人と雇い人のものではなかった。


 紅葉は悠弥を捕まえようと追いかける。


 すばしっこい悠弥は何故か嬉しそうに逃げ回り、階段を駆け上がって行ってしまった。



「覚えておきなさいよっ」


「……紅葉さん」



 嗄れた声に我に返る。


 そうだ、自分は使用人だった。



「あ、すみません! 保育園でアルバイトをしていたので、つい同じ感覚で接してしまいました。以後気をつけます!」



 梅の前で姿勢を正し、ペコリと頭を下げる。



「いいえ、咎めているわけではないのです。それより……紅葉さん。あなた今、悠弥さんに何か訊ねられましたよね」


「へ? 確か、歳はいくつって訊かれて、十六って答えましたけど……」



 紅葉がそう言うと、梅はしわしわの顔に埋もれた目を大きく見開いた。


 そのまま微動だにせず固まってしまう。



「いいえ、まだ分かりません。偶然かもしれませんし……」



 ぶつぶつと何かを呟いている。



 もしかして痴呆だろうか。


 紅葉はかなり心配になった。



「あの……梅さん?」



 紅葉が声をかけた途端、梅は咄嗟に振り仰いだ。


 老人とは思えない俊敏な動きに、今度は紅葉が固まってしまう。



「もうすぐ廉弥れんやさんが帰ってきますから、出迎えお願いしますね」



 それだけを言うと、梅はさっさとキッチンへと戻っていった。

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