第20話 長男:千弥 彼女じゃないんだろう?

「ダメぇ!!」



 叫びながら、悠弥ゆうやが身体ごと割って入ってきた。


 やっぱり耳まで真っ赤にしている。


 一応、助けられたようだ。



「彼女じゃないんだろう?」


「違うけど! ひどいよ、千兄! 口に出して訊くなんて!」



 千弥せんやを睨む悠弥の目には、うっすらと涙が滲んでいた。



 子供の涙には弱い。


 紅葉もみじは少し慌てたが、千弥が優しく微笑んで悠弥の頭を撫でるのを見ると、ほっと安堵の溜息を吐いた。



「着替えたら出かけるから。じゃ、またね。紅葉ちゃん」



 そう言って、手をひらひらとさせる千弥。


 フジコをだらりと肩に乗せたまま、静かに階段を上がっていく。



 紅葉と目が合うと、悠弥はやはり真っ赤になった。


 そして、何故か「ばかやろうぅ」と言いながら階段を駆け上がって行ってしまった。



(どうしてわたしが……)



 力一杯投げかけられた理不尽な言葉に脱力感を感じながらも、紅葉は玄関を片付け始める。



「紅葉さん、千弥さんに何か訊かれましたか?」


「ひっ……」



 すっかり存在を忘れていた梅の声に、紅葉はあからさまに驚いた。


 盛大に漏れ出そうになる悲鳴を寸でのところで堪えると、胸の高さにある梅の顔をじーっと暫く見つめてみる。


 何故か最初に会った時よりも怖くないと感じた。



「……いいえ。何も訊かれなかったと思います」


「そうですか。千弥さんは朝比奈あさひな家の長男で、医大生です」


「えぇぇっ! あんな大きな子供があの律子りつこさんに!?」



 思わず漏れた声の大きさに自分自身が驚いて、咄嗟に両手で口を塞いだ。


 けれど、いつものように隣の部屋から怒鳴られることがないのに気づき、慌てて腕を下ろす。


 上下左右を確認してしまう自分が悲しかった。



 律子が朝比奈病院の理事長でご主人が院長なのだから、長男の千弥が医大生というのは当然と言えば当然か。



 他の二人もやっぱり医者を目指すのだろう。


 蛙の子は蛙だ。



 それにしてもあの若くて綺麗な律子に、大学生の息子がいるとは驚きだ。


 普通に考えれば紅葉の母親と同じくらいか、もしかしたら年上かもしれない。



 窶れ果てた母親の姿を思い浮かべると、なんだか悲しい気分になる。


 貧乏とはつくづく人を荒ませるものだ。



「もうすぐ次男の廉弥れんやさんが戻ると思いますよ」



 梅はまたそう言うと、そそくさとキッチンへと戻っていった。

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