第二章 家政婦は十六歳

第8話 いざ出陣

 大きな屋敷。


 いや、もしかしたら、これは所謂いわゆる〈城〉というものかもしれない。


 敷地は優に千坪を超えている。


 都内にこんな大きな邸宅があるのも驚きだが、極めて洗練されたその造りの方に圧倒された。



 優美な鉄柵と門扉、整えられた芝生。


 レンガとピンコロ石を敷き詰めた玄関アプローチや駐車スペース。


 そして、まるで西洋のお城を彷彿とさせるレンガ張りの大きな洋館。


 赤茶色の壁面には蔦が生い茂り、穏やかで涼しげな趣を湛えている。



 あまりに煌びやかな佇まいを目前にして、紅葉もみじは愕然としていた。


 築四十年のアパートに五人で暮らす自分とは、まるで人間の価値が違うという気にさせられてしまって。



(貧乏って……心がすさむわ)



 ふぅ、と吐息を一つ。


 比較などしても意味はない。


 小さく頭を振り、制服のリボンを結び直した。



 紅葉は制服姿に大きな荷物を抱えてやってきた。


 もう学校に行くわけではないのだけれど、住み込みで働くのだから余所行きの服を着るのは変だと思った。


 しかし、だからといって恩人の家に部屋着で訪問するなど言語道断。


 そこで仕方なく、無難そうな制服を選んだのだ。



 蔦の絡まる門扉の前で。


 紅葉は少し癖のある髪を整え、何度も深呼吸を繰り返す。



 緊張のあまりに手が震えてしまう。


 けれど意を決して、〈朝比奈あさひな〉と書かれた表札の横にあるインターホンを鳴らしてみた。


 暫く待つと、応答があった。



「はい、朝比奈です」



 柔らかい女性の声。



「あ、あの。わたし、高木紅葉たかぎもみじと申します。今日から、あの、家政婦として……」


「どうぞお入りになって。今、鍵を開けますから。玄関へと進んでくださいね」



 優しそうな声音が終わる前に、門扉から機械音が聞こえてきた。


 自動的に鍵が開いたのだ。


 恐る恐る扉を開き一歩を踏み出した紅葉は、もう一度大きく深呼吸をした。

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