第7話 親友の涙

「……冗談ですわ」



 寂しそうに眉を寄せ苦渋を滲ませると、祥子しょうこは即座に自分の言葉を打ち消した。


 その横で紅葉もみじは今度は思いっきり安堵の溜息をつく。


 時々唐突なことを言い出す祥子だが、今回ばかりは本気でびっくりさせられた。



「わたしも流石に高校を中退したくはないから、先生の提案してくれる話を前向きに考えてみるよ。でも、とりあえず学校に来るのは今日が最後になりそうだから……」



 親友へ向けて、紅葉は別れの挨拶を切り出そうとした。


 しかし。



「おかしいですわ」



 紅葉の言葉をさえぎるように祥子が呟く。


 迷いのないはっきりとした語調で。



「いくら大金を貸したとはいえ、現役女子高生を家政婦によこせだなんて、常識ある大人が言いだす要望ではないですわ。何か理由があるはずです」



 キラリ。


 祥子の瞳に怪しい光が宿る。



 探偵のように隙のない眼差しを受け、瞬間的に紅葉はたじろいだ。


 こういう時の祥子の勘はよく当たるのだ。



「あ、いや。なんでもその家の人たちはすごく変わってるみたいで、どんな家政婦が来てもすぐに辞めちゃうらしいの。それで、たまにはうんと若い家政婦を雇ってみたいと思ったらしくて……それが今回はわたしってことみたい」


「あら。では、もしかしたらすぐに追い返されるかもしれませんわね!」


「うっ……確かにそうだね」



 嬉々として花のような笑顔を向ける彼女に、紅葉は苦笑を返す。


 けれど、祥子はすぐにその顔を曇らせてしまった。



「はぁ、それにしても寂しくなりますわね。でも、もし何か困ったことがありましたら、迷わずわたくしに連絡をくださいね。どこへでも飛んでいきますから……」


「うん。ありがとう、祥子」



 目を合わせると、祥子の瞳は涙にうっすら濡れていた。


 紅葉はまたまた驚いた。


 普段、あまり感情の起伏を見せない彼女のこと。


 涙など、今まで一度たりとも見た記憶はない。



「忘れないでくださいね。わたくしの親友は紅葉だけですから」



 ふわりと薔薇の香りに包まれた。


 かと思うと、紅葉の頬に柔らかい感触が広がる。


 何が起こったのか分からず左頬に手を当てて呆ける彼女へ、祥子が照れた顔で言う。



「安心してください。単なる友情のキスですから」



 寝不足の頭に目眩が起きた。


 けれどそれは一瞬だけで。祥子が発した次の言葉に勢いよく引き戻される。



「それと――分かっているとは思いますけれど、ちゃんと事情を説明していった方がいいですわよ。いきなり紅葉がいなくなったら、彼もきっと悲しむでしょう?」



 諭すような祥子の微苦笑。


 その意味を考えると、紅葉の胸がチクリと痛む。


 俯いてしまった紅葉は、戸惑いながらも小さくコクンと頷いた。

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