第101話 覚トリを望む者たち

 優しいみんなに見送られ、紅葉もみじは無事に朝比奈あさひな邸を後にした。



 蓄積された疲労は、余裕で臨界点を超えている。



 特に最後の梅との決戦では無残にも大敗し、魂の消耗すら感じられるほどだ。



 高木家に着いた時には、精も根も尽き果てて、そのまま布団へと潜り込んでいた。



 帰還を喜ぶ家族の声も紅葉の耳にはまったく届かず、ミリ秒でノンレム睡眠へと落ちていく。



 もちろん、朝比奈家に不満があったわけではない。


 この十ヶ月、本当にいろいろなことがあったけれど、みんな大好きだ。


 あの時間、関わった人たち、すべての事象が宝物のように思われる。




 だけど。


 ――やっぱり家族の住むこの家が、一番居心地がいい。




 どんなに貧乏でもかまわない。


 自分の家族の傍が一等安心できるのだ。



 残念ながら、律子りつこ靖彦やすひこには仕事の都合で会えなかった。


 父親の借金を肩代わりしてくれた礼を改めて伝えたいと思っていたが仕方がない。



 しかし、律子からは手紙を貰った。


 梅が彼女から預かってくれていたのだ。




 **********


 紅葉さん、いろいろとお世話になりました。



 こんな特異な家庭に呼ばれ、たくさん危ない目に遭って、さぞかし怒っておいででしょう。


 こんなに若くて可愛らしい娘さんに、大切な学業まで犠牲にさせてしまい、何とお詫びを言ったらいいのか分かりません。


 あなたをこの家に送り出してくださったご家族にも、感謝の気持ちでいっぱいです。



 そして、紅葉さん。


 どうかお願いです。



 さとりを恐いと思わないで。


 あの子たちを普通じゃないと言って避けてしまわないで。



 そして、あなたも〈覚トリ〉であることをきらわないで欲しいのです。



 ただそこで、懸命に生きているその人生を、自分も含めて抱きしめてやってください。



 あなたがこの家を去り、寂しくなってしまいます。


 けれど、またお会いできますね?


 **********




 律子からの手紙は簡潔だが、母親としての愛情を純粋に感じさせる内容だった。



 否応なしに聞こえてくる心の声に、耳を塞いで泣く我が子達の姿を、彼女はどんな想いで見つめてきたのだろうか。



 母親として彼女が背負った苦悩の大きさは、紅葉ごときに計り知れるわけはない。




 遠読とおよみの力を持ち、誰よりも多くの人の心を読んでしまう――悠弥ゆうや


 過去読かこよみの力を持ち、醜く荒んだ過去を読んでしまう――廉弥れんや


 先読さきよみの力を持ち、人の、世界の、自分の未来を読んでしまう――千弥せんや




 彼らにどんなとががあったのならば、この過酷な宿命が下されるというのだろうか。


 きっと数えきれぬほど神を呪ったに違いない。


 この身に代えられるものならばと、母親としてどんなにか願ったことだろう。



 そして、だからこそ。



 彼女もまた〈覚トリ〉を望むのだ。



 ――一条の光として。

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