第97話 さようなら:千弥2

 もし自分の心が読まれていたとしたら……。


 想像すると恐ろしい。


 恥ずかしすぎて、とても三人の前に姿を現せなくなるだろう。



 今、紅葉もみじは初めて、自分が心を読まれない<さとりトリ>であることを心の底から感謝した。



 いつものようにクスクスと笑って、千弥せんやは読んでいた本をパタンと閉じた。



「やっぱり紅葉は面白いね。うん、確かに不思議に思われても仕方がない。いくら覚同士とはいえ知られたくないことだってあるからね。――覚はね、ちゃんと読まれたくない思考は閉ざすことができるんだよ。面倒だし疲れるから普段はしないけど」



 なるほど、良かった、と紅葉は安堵した。



 そうでなければ、全ての情報がいつも三人に筒抜けになる。


 そんなのはお互いに窮屈すぎるだろう。



悠弥ゆうやはね、今とてもコンプレックスを感じてるんだ。自分が一番年下だから、不利だと思って焦ってる。それで懸命に僕と廉弥れんやに牽制しようとしてるんだ。わざと心を読ませて、紅葉とこんなことを約束するぞってね」



 言いながら立ち上がると、千弥は膝からフジコを抱き上げ、そっとソファへと移す。


 スタスタと紅葉の横へやってきて、手に持つ分厚い本を棚へと戻した。



「でもね。悠弥はああ見えても結構大人だから、気をつけた方がいいよ。今は可愛いだけだけど……」



 最近の子は発育がいいからね、と付け加える。


 紅葉は首まで真っ赤になった。



「……千弥さんが言うと、なんだか、いやらしいです」


「うん。そういう意味だから」



 まったくもって何も変なことは言っていないというように、千弥は至って涼しげに笑う。


 そして流れる動作で紅葉の腕を取り、顔を覗き込んで囁いた。



「僕の方こそ、ありがとう。でもお別れじゃないよ。僕は君とは別れられないんだから」



 そう言って顔を近づけてくるのを、紅葉は寸でで止める。



「そこは悠弥に奪われました」



 じゃあ、と言って頬へ近づくのも、手で抑えて止めた。



「そこは廉弥に奪われました」



 前髪を掻き上げて「僕が先を越されるなんてね」と至極愉快とばかりに笑う。



「じゃあ、僕はここ」



 すっと手を伸ばし、千弥は首筋へとキスをする。



「ねぇ、紅葉。またいつかドライブに付きあって。迎えに行くから」



 耳元で囁かれ、紅葉は反射的に飛び退いた。



「いいいいい、いいですけど。エコな車でお願いします」



 彼はやっぱり〈女の敵〉だった。

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