第88話 クリスマス・キャロルが聞こえる

 クリスマス・キャロルが聞こえる――。



 きよしこの夜。


 星屑を纏った街に、恋人たちが行き交う。



 青白いイルミネーションに飾られた街路樹は、夜空と地上を引き結ぶ。



 遠い空から現れる、あの人を導くために。



紅葉もみじさん、無理はしないでください」



 梅の髪はショッキングな緑色へとパワーアップしていた。



 皺に覆われた顔は、その上から分厚い化粧に塗り固められて一段と人間離れしている。


 全身をすっぽりと覆っているコートはやはりピンク一色。


 さらに今日はお揃いの帽子まで着用している。



(確かに着飾ってくださいとは言ったけど……)



 内心で紅葉は深く後悔していた。



「大丈夫です、もうあまり痛くありませんから。それより今は梅さんの方が大切です」



 梅は足を止め、怪しくもじもじした。



 厚化粧で確認不可だが、恐らく赤面しているのだろう。



 実際のところ、かなり回復しているとはいえ、生死を彷徨った紅葉の身体は全快してはいなかった。


 当然退院は許されず、靖彦やすひこ千弥せんやに泣いて頼んで外出許可を貰ったのだ。



 無理は禁物だと分かってはいる。



 けれど今日だけは、無理しないわけにはいかない。



 この日を逃せば、また一年あの人とは会えない。


 会わせてあげられない。



 梅にはまだ詳細を話してはいない。



 彼が梅の夫だと思ってはいる。


 が、やはり確信はない。



 それにいくら毎年あの保育園に現れるといっても、今年もやってくるとは言い切れないのだ。



 紅葉自身、少しの不安を抱いていることは否定できなかった。



「梅さん、時間がありません。少しだけ急ぎましょう」


「え。あ、紅葉さん……」



 動揺する梅の腕を握ると、紅葉は早歩きを始めた。


 小さな梅の身体はぐいぐいと引き摺られるように連れていかれる。




 今日はクリスマス・イヴ。




 朝比奈あさひな家の夕食もクリスマス・メニューだった。



 魚介のオードブルにフォアグラのポワレ。


 七面鳥のローストに大きなクリスマスケーキ。


 高木家ではありえないほど豪華なディナーだった。



 広いリビングにツリーを飾り、暖炉に火を入れ、夢のような時間を過ごした。


 そのせいですっかり予定の時刻を回っているのに気がつかず、大慌てで家を飛び出したのだ。



 梅はちゃっかり着飾っていたが、紅葉はどうみても部屋着のままだ。



 ドスドス歩く紅葉の頬に、冷たいものが落ちてきた。



 見上げると、白い綿のようなものがはらはらと舞い降りてくる。



 雪だ。




「梅さん! 走りますよ!」


「えっ。紅葉さん、わたくしはもう五十年ほど走ってな……げほぉっ」



 有無を言わせず梅を背負い、紅葉は一気に走り出した。


 舞い散る雪に急かされるよう、足を速める。





「走ってるよ」


「それも、梅さん担いで……」


「まずい……ね」



 白いスポーツカーから、怪しい二人の老若女を見守る三人がいた。

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