第87話 真相

 現れたのは二人の友人、祥子しょうこ真鍋まなべ



紅葉もみじ! 良かったですわ、もうわたくし生きた心地がしませんでしたのよ。後を追って死のうかと本気で考えてしまいましたわ」



 叫んだ祥子は紅葉の首へと手を伸ばし、頬に強くキスをする。



「あの時はお世話になりました」



 声は真鍋のものだった。



 扉の前で千弥せんやに向けて深々とお辞儀をしている。


 涼しげな笑みを返し、千弥は優雅に病室を出ていった。



 二人はベッドの横に椅子を並べて座ると、真鍋の方が口を開いた。



「あの人が俺に連絡をくれたんだ。紅葉が大怪我をして入院してるって。だから祥子とこうして見舞いに来られたんだ」



 真鍋は千弥と会った時のことを話し始めた。



 悠弥ゆうや廉弥れんや、二人が紅葉と別れるようにと脅迫した後の話だ。



「弟たちが失礼なことをしたと、謝ってきたんだ」



 二人の行いについて謝罪すると、千弥は徐に真鍋の母親がもうすぐ倒れると告げた。



 真鍋は訝ったが、その横で千弥が救急車を呼び、病院と連絡を取り、入院の手配を始めたという。


 まだ真鍋の家で母親が倒れているのを確認する前だというのに。



 実際、千弥と共に急いで家に辿り着くと、既に救急車が到着していて、母親は搬送されるところだった。救急車が向かったのは朝比奈あさひな病院で、入口には医師と看護師が待機していた。


 すぐに手術が行われ、その時は一命を取り留めたのだという。



「結局は、二週間後に母さんは息を引き取ったんだけど」


「つまりは、恩人だったわけですわね。和人かずとは説明が足りませんわ。てっきりあの人も紅葉と別れろと脅迫してきたのかと誤解してしまったではありませんの」



 祥子の叱咤に真鍋が頭を下げるのを見て、紅葉は苦笑を漏らした。



 千弥は変えようとしたのだろうか。


 変えられるかもしれないと思ったのだろうか。



 真鍋の姿に読んだ未来を。



 もしかしたら、いつだって彼はそうしてきたのかもしれない。


 抗おうと、精一杯に。



 紅葉の心はチクリと痛んだ。



「でも結局、紅葉と別れることにしたのはどうしてですの?」



 祥子は容赦なく問うた。



「それは――やっぱり恐かったんだ。あの人も、弟二人も。何か、こう、人間離れしてるっていうか、近づかない方がいいっていうか……」



 恐らくそれは正しいだろう。


 真鍋の勘は当たっている。



 それに真鍋のことを大切にできなかったのは自分だ。


 自分にこそ非があるのだ。



「うん。それで良かったんだよ。真鍋君はわたしにはもったいないから」



 苦渋を滲ませる真鍋に、紅葉は精一杯の笑顔を向けた。

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