第81話 それが運命だと

 意外にも、千弥せんやはそれ以上紅葉もみじを止めなかった。


 清涼とさえ思える瞳を向けてくる。



 そうだった。


 彼は――変わったんだ。



 今の彼は、あの時の迷っていた彼ではない。



「――だ、そうだ。取引成立だな。では、儂がお前という覚を望む理由を教えてやろう。夜霧よぎり家はさとりを教祖とする新宗教を設立した。こんなに見目麗しい覚がつけば、夜霧は今後多くの信者を得られるだろう」



 未来を読む覚。



 それがどんなに人の信仰心を煽るものなのか。


 想像するに易い。



 彼にとって千弥の能力は、喉から手が出るほどに魅力的だったのだ。



「だが――千弥、お前は危険すぎる。未来を読むのに手足は必要ないだろう。それに、せっかく手に入れた先読さきよみに自害でもされたら困る。その綺麗な身体を傷つけるのは忍びないが、背に腹はかえられぬ。悪いが、今ここで一本封じさせてもらおう」



 人の心を読むのに四肢は必要ない。


 捕らえられた覚は手足を切られ、衰弱して死ぬまで解放されることはない。



 そうしておくことが必要なほどに、覚とは油断できない存在なのだ。



「ぎゃーっ、やめて! 外道、悪党、卑怯者! 千弥さんに指一本でも触れたら、地の底までも追いかけて、三百回呪ってやるから!」



 発狂しそうなほどに喚き散らす紅葉を見て、千弥はクスクスと笑った。



 恐くはないのだろうか。



 いや、違う。



 この人はもう全てを理解した上でここにいる。



 自分の未来を読み、それが運命だと――。



「山田、お前がやれ。指を折られた仕返しだと思っていいぞ」



 中庭に一人の男が入ってきた。


 あの時はサングラスをしていたが、確かに以前悠弥を攫いにきた男の一人だ。



 男が握る短刀は、哀れなほどに震えていた。



「心配するな、山田。取引は成立しているんだ。千弥は抵抗しない」



 そうだろう?



 と、夜霧は嫌な視線を向けた。

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