第70話 変化の予兆

 けれど、その言葉の裏にある意味を紅葉もみじは感じ取ることができる。


 廉弥れんやは心から自分を心配してくれているのだ。



 確かに夜霧よぎり家にいるさとり善弥ぜんやの存在は脅威かもしれない。



 しかし夜霧家にいる敵はそれだけではないだろう。


 どんな人間が立ちはだかっているのか見当がつかないのだ。


 なんの武術も身につけていない紅葉には危険すぎる。



 だけれども――。



「何と言われても、絶対に行きます!」



 当然、紅葉は断固として聞き入れない。



 たった一人でも悠弥ゆうやを助けに行くと断言する。


 いつの間にかフジコも部屋にやってきて、紅葉と並んで廉弥に向かって威嚇していた。



千兄せんにいも紅葉を止めてくれよ!」



 堪らず廉弥は千弥せんやに応援を要請する。



 しかし、千弥は長い腕を伸ばし、紅葉ではなく廉弥の方を制した。


 頬を緩め、全力で睨み据える紅葉の顔を覗き込む。



 そして――紅葉の前へと腕を差し出した。



「ねぇ、紅葉。――一緒に行こう」



 瞬間、全ての音が遠のいた。



 部屋に集う全員は驚倒している。


 けれど、誰も千弥が下した決定に口を挟もうとはしない。



 ドクン。



 紅葉の心臓が跳ねあがる。



 次第に高鳴っていく鼓動がうるさくて、今にも鼓膜が破れてしまいそう。



 分厚い雲を突き抜けて、太陽の下へと躍り出た。


 そんな感覚。



 ――変わった。この人は変わったんだ。



 夕陽の丘で静寂を求めた彼は、もうここにはいない。



 諦めようとして諦めきれず、やっと見つけた何かに追い縋ろうとする。


 そんな姿は過去のもの。



 何が彼を変えたのだろうか。



 それともずっと以前から、彼の心は変化を始めていたのだろうか。



 どちらでもいい。



 今の千弥は以前よりずっと綺麗だ。



 驚愕のあまり見開いていた双眸を緩め、紅葉はゆっくりと頷く。


 そして、差し出された千弥の手をぎゅっと握った。

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