第68話 軍神の少女

 しかし、そんな廉弥れんや余所よそに、千弥せんやの態度は至極冷静沈着だった。



悠弥ゆうやがすぐにどうこうされることはない。廉弥、よく考えてごらん。向こうにもさとりがいるんだ。八卦見はっけみを復活させたいだけなら、彼がいれば十分だったはずだ」



 それなのに悠弥が連れ去られた理由が何なのか。



 それを考えれば、安易に兄弟二人が動き出すのは危険だ。


 そう説明して、千弥は浅い溜息を零す。



「じゃあ、どうするんだ!? 悠弥をこのまま――」


「いや。当然、助け出す。だけど……」



 千弥は口を噤んだ。



 瞳に浮かべる微笑は、まるで自嘲のよう。



「まさか、千兄せんにい。――読んだのか?」



 不安そうに疑いの目を向ける廉弥。



 無言で肯定する千弥を認めると、徐に下を向き、肩を激しく震わせる。


 足元には、涙が音を立てて落ちていく。



 その肩を、靖彦やすひこの大きな手がそっと包んだ。



「廉弥。以前の千弥なら、たぶん既にひとりで夜霧よぎり家に乗り込んでいたと思う。その結果、自分がどうなるのか知っていれば余計にね。だけど今の千弥は違うんだ。彼は以前よりずっと強くて前向きだ。父親の私がそう思うのだから、信じてあげよう」



 流れる涙を隠そうともしない廉弥の頭を、靖彦がくしゃくしゃと撫でる。



「俺は……嫌だ! 絶対に嫌だ!!」



 千弥の胸に飛び込むと、廉弥は大声で叫んでいた。



 涙は容赦なく千弥の白いシャツを濡らし、漏れ出る嗚咽は部屋に集う全ての者の涙を誘う。


 律子りつこの声はシクシクと響き、梅の声はゲホゲホと落ちる。



 その時。



 突然、扉が開かれた。



 明るい声が響き渡る。


 暗雲が垂れ込めるその部屋に、一条の希望の光が射し込むように。


 漆黒の夜空に、煌びやかな星が瞬くように。



「わたしも行きます!」



 そこには、ひたいに鉢巻をした、軍神のような少女の姿があった。

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