第42話 悠弥の決断

「残念です。後ろに座っている子供が太りすぎていて、ここからでは悠弥ゆうやの姿がまったく見えません。あの太り方は異常です。母親がちゃんと健康管理をしてあげていないのでしょうね。可哀想に、きっとあの子はもう立派な〈〉ですよ」



 本当に不憫だという表情をしてみせる紅葉もみじ


 女狐奥様は顔を面白いくらい真っ赤にして、逃げるように教室を出ていった。



(悠弥、かたきはとったわよ)



 暫くして始業のチャイムが鳴り、算数の授業が始まった。


 時々、教師が指名して黒板に書いた問題を解答させる。

 

 途中で悠弥も指名されたが、スラスラと難なく解いて教師に褒められていた。


 席に戻る時に紅葉と目が合ったが、恥ずかしそうに目を伏せて静かに座った。



 悠弥の照れる表情は、また格段に可愛らしい。


 後ろで並ぶ奥様方からも「あの子、可愛いわね」という声がしきりに聞こえてくる。



 そうこうしているうちに、授業は残り五分となった。


 教師がプリントの束を手にして教壇へとあがる。



「最後に、昨日行ったテストの答案用紙を返します。高得点の五人を発表するのでみんな拍手してください」



 授業参観で酷なことをするもんだ。


 この教師と学校を紅葉は一気に嫌いになった。



 しかし並んでいる奥様方から不満の声は発せられない。


 それどころか、我が子の成績がよほど心配なのか、緊張の空気が凄まじく漂い出す。



 人生長いんだ、そんな大したことでもなかろうに。


 紅葉は心底うんざりした。



「一番は小田幸太、100点!」



 教室中がざわめいた。



 全員の視線が、100点をとった子供ではなく悠弥の顔へと移動する。


 其処此処から「朝比奈じゃないのか」「どうしたんだ」と囁き声が聞こえてくる。



 けれど悠弥は特に気にする様子もなく、涼しい顔のまま教科書を眺めていた。


 二番も三番も悠弥の名前は呼ばれなかった。



 結局、悠弥は四番目だった。


 意外そうな顔をして教師が答案用紙を渡す。


 けれど受け取った悠弥は清々しい表情をしていた。


 席に戻る時にまた紅葉と目が合ったが、やっぱり恥ずかしそうに目を伏せる。



 さとりの能力を使わずに、悠弥は実力でテストを受けたのだろう。



 紅葉は心から嬉しくなった。


 すぐに抱きしめて褒めてやりたい。


 そんな衝動に駆られていた。



 教師が全員に答案用紙を返却し終わると、ちょうど終了のチャイムが鳴った。


 授業が終わり、みんなそれぞれの母親の元へと駆けていく。



 その中で、一人の女性が教室に駆け込んできた。


 相当急いで来たのだろうか。


 何かの書類と靴を無造作に抱えている。



「悠弥さん!」



 律子りつこだ。



 振り向く悠弥の瞳が輝いた。


 戸惑いながらも、律子の元へと駆けていく。



 律子と悠弥が抱き合う様子は、まるでドラマのワンシーン。


 周りの奥様方からも感嘆の声が漏れてくる。



(よかったね、悠弥)



 紅葉の目にも涙が滲んでいた。

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