第40話 紅葉か梅か

「どうして知ってるんだよ!」



 悠弥ゆうやは心から怒っているようだった。


 真っ赤な顔で紅葉もみじを睨み付けている。


 掃除はともかく勝手に授業参観の用紙を見て、紅葉が律子りつこの代わりに行くと言ってきたのだから堪らない。



 しかも答案用紙までも目撃されたのだ。


 いくら紅葉に懐いていても、怒るのは当然だったろう。



「それってさとりの力なの?」



 ただ純粋に紅葉は訊いた。


 しかし、今の悠弥にはそれを寛大に受け止める余裕はない。



「悪いかよ! 答えが分かっちゃうんだから仕方がないだろっ!」


「……本当に、分かっちゃうから?」


「……」



 ぷいっと後ろを向いて、悠弥は俯いてしまった。



 当然、紅葉には覚の力がどんなものなのか感覚的には分からない。


 だから確信はなかったが、故意じゃないのかどうかを確かめたかった。



 きっと悠弥は、両親にとって常に〈良い子〉でありたいと思っているのだろう。


 手のかからない子供を演じて、必死に甘えたい気持ちを押し止めている。


 紅葉にはそういう子供の気持ちがよく分かる。



「わたしね、自慢じゃないけど一度も100点なんてとったことないの。高校も留年だしね、優等生とは無縁なタイプ。0点をとって帰ったことだってあるよ」


「……だっせー」



 小さな声だが応えがあった。


 紅葉は少し安心する。



「でも、わたしの両親は絶対に怒らなかった。貧乏で塾にも通わせてもらえなかったし、それを申し訳ないって思ってたのかもしれないけど……。そんな点数とって帰っても、『頑張ったね、紅葉はいつも元気で助かるよ』って言ってくれた。だから余計に、今度こそ良い点をとろうって思うんだけど、やっぱり100点はとれなかった。それでも前より良い点をとると、お母さんなんて何を勘違いしたのか、お赤飯を炊いてお祝いしてくれたんだよ」



 その時の様子を思い出して、紅葉は本気で笑った。


 親が子を褒めるのは、子供が頑張っていると感じた時だ。



 悠弥の気持ちもよく分かるし、そんな特殊な能力があるのなら使ってしまうのも無理はない。


 しかし、それが親孝行だと思っているのなら可哀想だ。



 けれど実際のところ、紅葉にはその能力がよく分からない。


 制御できるものなのかどうかさえも。



「説教っぽいこと言ってごめんね。とにかく、来週の授業参観日にはわたしが行くからね!」


「紅葉なんて来るな!」



 即座に拒否を示す悠弥。


 その表情には困惑が色濃く映っている。



「絶対行くもん」


「他人の振りしてやる!」


「いいもん。顔に〈悠弥の姉〉って書いて行くから!」



 悠弥も負けずに噛みつく。



「紅葉なんか顔も似てないし、誰も信じないぞ!」


「うっ」



 この時点で、見事に紅葉は言葉を詰まらせた。


 悠弥の姉というには、紅葉の容姿は平凡すぎる。


 しかし、ここで屈するわけにはいかない。



「わたしが嫌なら――」



 今こそ最後の手段を使うべきだろう。



「梅さんが行くからね!」



 悠弥は見事に固まった。


 叩いたらコチンと音がしそうなくらいに。


 その目は言いしれぬ恐怖に彩られている。



「わ、分かった。でもすぐに帰ってよ」



 悠弥はすっかり観念した。

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