第39話 梅の進撃を阻止するべく

「来週の水曜日は、悠弥ゆうやの授業参観日なんです。律子さんはご存じなのでしょうか」



 皺に埋もれる双眸は大きく見開かれた。


 見なかったことにして、紅葉もみじは続ける。



「たぶん、悠弥は律子りつこさんに伝えてないのだと思います。小さいながらもちゃんと両親の仕事を理解して、我慢してるんだと……。なので、全然役不足だとは思うのですが、わたしが行ってあげ……」


「わたくしが行きましょう」



 紅葉が最後まで言い終える前に、梅の口から一番恐ろしい言葉が吐かれた。



「あ、あの、それはちょっと……悠弥が……」



(可哀想……)



 梅の耳にはもはや紅葉の声は届いていない。



「孫の一大事です。このわたくしが行かなくてなんとしましょう! 大切な医師会の方々を迎える茶会でしたが、そんなもの取るに足りません」



 言い切る梅の身体からは、凄まじいダークなパワーが滲み出ている。


 呑み込まれたら脱出不可能、そんな危険性を醸し出している。



 しかし紅葉は負けじと必死になった。


 ここはとにかく何としても、悠弥のために梅の進撃を阻止するべきだろう。



「いいえ、いけません! 梅さん、医師会の方々は大切です。梅さんが素晴らしいお茶で持てなしてくださっているからこそ、朝比奈あさひな病院は安泰なんです。よく考えてください。ここで医師会の方々を邪険にしたら朝比奈病院に未来はありません。梅さんの点てるお茶にこそ、朝比奈家の未来がかかっているんです!」



 我ながらあっぱれだと紅葉は思った。


 何故か梅はポッと頬を赤らめている。



「そ、そうでしょうか……。そんなにわたくしの点てたお茶が美味しかったのですか」



 苦くて嫌い。


 その言葉を、紅葉はぐっと死にものぐるいで呑み込んだ。



「梅さんのお茶は天からの贈り物。神々をも酔わす魅惑のお茶。それこそ、奇跡のお茶と呼ぶに相応しいと思うんです!」



 そこまで一気に言うと、紅葉はぜーぜーと肩で息をした。


 かなり体力の消耗が激しい。



「……分かりました。朝比奈家のため、ここは涙を呑んで諦めましょう」



 良かった。


 安堵の吐息を盛大に吐きながら、心中で自分へ向けて拍手する。



「水曜日の茶会はわたくしが一人で何とかします。すみませんが、紅葉さん。悠弥さんのこと、お願いできますか」



 満面の笑みを乗せ、紅葉は「任せてください」と胸を張った。


 そして一応、授業参観の用紙を律子に渡して欲しいと言って、梅へと手渡したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る