第32話 覚の天敵

 廉弥れんやは意外と要点を突くのが上手いようだ。


 率直な問いを受け、千弥せんやは少し眉間を曇らせる。


 暫くして、言い淀みながらも重い口を開いた。



「……夜霧は八卦見はっけみを復活させたいのだろう。遠い昔のように、自らが人々の運命を左右できる力を手に入れようとしている。――さとりは捕まると、逃げられるのを避けるために手足を切られるという話だ。人の心を読むだけなら……手も足も必要ないからね」


 ゴクリ。


 紅葉もみじを筆頭に、三人は音を立てて唾を飲み込む。


 こんな怖い話に発展するとは思わなかった。


 焦った紅葉は、恐る恐る話題転換を図ってみる。



「ね、ねぇ。ところで、三人とも人の心が読めるんだよね? もしかして、今までずっとわたしの考えてること分かっちゃってたの?」



 あはは、と紅葉は軽い気持ちで笑って訊いた。


 が、失敗したのは明白だ。



 流れるのは微妙な沈黙ばかり。


 覚の能力を持つという三兄弟は、無言で意志の疎通を行っているのだろうか。



 最初に口を開いたのは悠弥ゆうやだった。


 ぼそぼそと小さく呟く。



「紅葉の心は読めないんだ。だから俺、最初びっくりして逃げちゃったんだ。あんなこと初めてだったから……」



 悠弥が逃げたのはそのせいか。



「そうそう、俺も。玄関でなんか人に会ったような気がしたけど、心の声が聞こえなかったから、思わず会ってないことにしちゃったんだ」



 おいおい、それは理由になってないだろう。


 廉弥の返答には少し腹が立った。



「つまりね、紅葉は誰よりも確実に――」



 弟二人の意見をまとめるように、千弥が続けた。



「僕たちを殺せる人間なんだよ」



 紅葉はガバっと飛び起きた。


 しかし全身に激しい痛みが走り、すぐに惨めに横になる。



「覚の天敵は心を読めない人間。まさに紅葉、お前のこと」



 紅葉の顔を指差す廉弥の目は真剣だった。


 そこには紅葉という存在に対する恐怖と、そして見紛うことなき好奇心が渦巻いている。



「覚の命を奪うことができる人間。僕たちはその存在を――」



 そこで千弥は一旦言葉を切り、ある単語をはっきりと口にした。



「〈さとりトリ〉と呼んでいる」



 覚……トリ。



 そう告げた千弥の秀麗な瞳はこの上なく真剣だった。


 悠弥も廉弥も真剣だった。



 どう反応したらいいのか分からない。


 やっとのことで笑ってみるも、紅葉の顔は盛大に引き攣っていた。

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