第五章 きらきら星

第33話 追い出さないで

 ベッドの上にはフジコが丸まっている。


 巨大化した幼虫のような姿。


 けれど、毛皮の間から覗く肉球がぷにぷにとしていてなんとも可愛らしい。



 猫は猫なりに心配してくれているのだろう。


 しかし時々腹の上に乗ってきて痛くて殺されそうになる。


 体重十二キロはどう考えても重すぎる。


 もっとダイエットして欲しいものだ。



 溜息を吐く紅葉もみじの横に、小さな盆がそっと置かれた。


 盆の上には、薄茶が入った器が乗せられている。


 鮮やかな緑色の液体に細かな泡を乗せ、青く清々しい香りを漂わせていた。



「紅葉さん、つまらないものですがお礼です」



 梅が点ててきてくれた薄茶は、口にした途端とても苦くて思わず吹き出しそうになった。


 けれどここで吐き出すわけにもいかず。


 痛む身体に鞭打って、紅葉は気合いでぐぐっと一気に飲み干した。



「けっ、結構なお点前てまえで」



 内心では「水をくれ」と叫びながらも、梅に向けて微笑んでみせる。


 ベッドの端に腰掛けた梅の身体は、最初に会った時よりもずっと小さく感じた。



「紅葉さんには、ご自宅に帰っていただいた方がいいのかもしれません」



 疲れたように、梅は緑に染めた髪を耳へとかける。


 そんな動作もどこか儚げだ。



「梅さん、すみません。初日からこんな身体になってしまって。今度から気をつけるので、どうか追い出さないでください!」



 紅葉は焦った。



 まだ一日も働いていないのに、ここで帰ったりしたら恩返しも何もあったもんじゃない。


 両親は悲しみ、無いに等しい紅葉のプライドも泣き声をあげるだろう。


 必死な紅葉を見て、梅はしわしわの顔に苦笑を浮かべる。



「追い出すなんてとんでもない。悠弥ゆうやさんを助けていただいて、どれだけお礼を言ったらいいのか分かりません。ですのに、あなたにはこんな大怪我をさせてしまって……。本当に申し訳なくて仕方がないのです。若くて可愛らしいお嬢さんだというのに、面目なくって……」



 胸元に視線を落とし、梅はぐっと俯いてしまった。


 深い皺に隠れてしまって定かではないが、涙を流しているようだ。


 元々小さな梅の身体が、さらに小さく感じられる。


 紅葉の胸は痛くなった。



「わたしは大丈夫です。うちは貧乏なのでこういうことはよくあるんです。ですから、わたしについてはまったくお気になさらずに。それよりこんな広いお屋敷を、梅さんお一人で切り盛りされるのは大変ですよね! 早く元気になってお手伝いしますから」



 たぶん貧乏人は誘拐などされない。


 事件に遭遇することさえ滅多にないだろう。


 そう思いながらも堂々と言い切った。



 そんな紅葉の気持ちを悟ってか。


 感動したように紅葉の手を取り、梅はゲホゲホと泣く。


 もう初対面の時の恐ろしさは感じなかった。



 梅が去ったあと暫くして、律子りつこ靖彦やすひこも見舞いにやってきた。


 優しい律子は、使用人用の部屋ではなく客室を使って欲しいと言ってくれた。


 けれど紅葉は丁重に断った。


 それでは何をしにこの家に来たのか分からない。


 元よりそんな扱いには慣れていない。



 靖彦にはびっくりさせられた。


 超が五つつくほどハンサムなのだ。


 律子も女優のように綺麗なのだから、三人の息子が全員美形なのも頷けた。


 そう考えると梅は……考えない方がいいだろう。

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