第29話 明日は使いものになりません

千弥せんやだ! いかん、悠弥ゆうやを連れて逃げるぞ!」


 男二人はあからさまに動揺していた。


 滑稽なほど浮き足立っている。



 地面に落ちているドライバーを拾うと、逃げようとする男の脛を紅葉もみじは渾身の力を込めて殴った。


「ぎゃあ」と情けない声をあげ、男は地面に蹲る。



 同時に、連れ去られそうになっていた悠弥は解放された。


 もう一人の男は、既に千弥に捕まりねじ伏せられている。



「二度としないと誓ってくれましたら、今回は見逃して差し上げます。そうでなければ、この両腕、遠慮無く根元から折らせていただきますよ」


「ち、誓う! 誓う!」



 男は情けなく叫んでいた。


 紅葉にドライバーで殴られた男の方は、悠弥を地面に置いたまま這々の体で既に車へと逃げている。



「夜霧さんにも、ちゃんと伝えてくださいね」



 涼しい表情のまま。


 千弥はボキリと音を立て男の人差し指を折った。



 ぐっと悲鳴を呑み込んだ男は千弥を一瞬だけ睨み付けると、一目散に車へと走っていく。


 黒塗りの車は急発進して消えていった。



 だがすぐに、大きな衝突音が聞こえてきた。


 どこかで大破したらしい。


 男達の車があった場所からは、一つの影が現れた。



 パジャマ姿の廉弥れんやだ。


 何やら部品を手にしている。



 紅葉はすぐに悠弥の傍へと移動して、守るように抱きかかえた。


 男から解放された時に頭でも打ったのだろうか。


 悠弥は気を失ってぐったりとしていた。


 紅葉の元へ、ヘッドライトに照らされた二人の姿が走り寄る。



「悠弥を……早く診てあげて」



 紅葉の顔は殴られて腫れあがり、口の端からは血が滴っていた。


 その上、涙に濡れてもうどうなっているのか自分でも分からないほどぐちゃぐちゃだった。



 廉弥が気を失った悠弥を抱きかかえ家の中へと連れていく。


 暫くすると、屋敷からは卒倒しそうな梅の悲鳴が聞こえてきた。



「ありがとう、紅葉ちゃん。君の方こそ重傷だ」



 千弥は紅葉を抱きあげた。


 優しい腕に抱かれて、力なく紅葉は一言呟いた。



「梅さん、ごめんなさい。明日はわたし、使いものになりません」

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