第四章 覚トリ
第25話 不安な夜
空には月が輝いていた。
時々厚い雲に遮られ光が途切れてしまうけれど、雲の間から覗いた時の月光は眩しいほどに燦々と部屋の中を照らし出す。
見上げる窓は違っても月の姿は変わらない。
貧乏でも金持ちでも、同じように照らしてくれる。
みんな元気だろうか――。
まだ初日だというのに、
父も母も、紅葉を犠牲にしたと自分たちを責めていた。
けれど紅葉は後悔していない。
幼い弟妹たちもいるのだ。
ここで長女である自分が受けてたたねば高木家は恐ろしい末路を辿ったかもしれない。
それに、何も鬼の住む家に来たわけではないのだ。
赤い血の通う人の温かさを、確かに
だから大丈夫、最後までやり通せる。
紅葉は持ち前のポジティブさでそう改めて確信していた。
突然、小さく扉がノックされた。
驚きつつも紅葉の頬は緩んでしまう。
「どうしたの?」
やっぱり
恥ずかしそうに俯いている。
しかし部屋に入れてやると、すぐに声を殺して笑い出した。
「も……紅葉。それ、華の乙女じゃない……」
懸命に声を抑えながらも、悠弥は壁を叩いて肩を揺らしている。
深夜だからあまり大きな声も出せないのだろう。
笑いを堪える姿は、見るからに苦しそうだ。
「いいじゃない。おなかを冷やすと良くないのよ。悠弥も着たら?」
「嫌だよ、俺。そんなみっともない、腹巻きなんて……」
言い終えずに悠弥はまた肩を震わせた。
笑いすぎで痛くなったのか、脇腹まで必死に押さえている。
紅葉はパジャマの上に、父親から拝借したらくだ色の腹巻きをしていた。
おなかを冷やすと風邪をひいたり病気になり易くなる。
貧乏人にとっては健康こそ資本。
一等大切なのだ。
「子供のくせに格好だけは一丁前につけちゃって。可愛くないわよ」
「俺、子供じゃない!」
「じゃあ、大人なの? ここに何しにきたのよ」
勢いで少しだけ意地悪な言い方をしてしまった。
紅葉はすぐに後悔した。
「……も、紅葉が、初めての家で寂しがってるかと思って……」
月明かりの下で悠弥はもじもじしている。
紅葉はハッとした。
子供はとても感受性が強い。
保育園の子供達もそうだった。
自分も寂しがり屋だが、周りのみんなも寂しがり屋だということを知っている。
だから、みんな一つの場所に固まって安心して眠るのだ。
悠弥の腕を掴むと、紅葉は徐にベッドの中へと押し込めた。
驚いて藻掻く悠弥を布団の上からぎゅっと抱きしめる。
「よく分かったね。ちょうど寂しくて眠れないって思ってたところだよ」
布団に顔を埋めて、悠弥は小さく白状した。
ぽつりぽつりと呟かれる声にはどこか焦燥感が滲んでいた。
「ごめん、違うんだ。……本当は、俺。今日は
恐らく梅が最強だ。
紅葉がそう思った瞬間――。
咄嗟に悠弥が飛び起きた。
月光の下、双眸を大きく見開き、身体を小刻みに震わせている。
蒼白になった顔に夥しい汗がみるみる浮きあがっていく。
「どうしたの!?」
悠弥のただならぬ様子に、紅葉は息を呑んで訊いた。
「……来る」
「え?」
「あいつら、俺を攫おうとしてるんだ」
「なっ……」
嘘ではない。
悠弥が本気で脅えているのは明白だ。
紅葉には子供のことがよく分かる。
すっくと立ち上がると、紅葉は迷わず廊下に出ようとした。
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