第12話 前途多難の予感

 二人はとうとう堪えきれずに声を出して笑った。


 奥様はクスクスと可愛らしく。


 姑はゲホゲホと妖怪のように。



紅葉もみじさんは高校生ですよね。学校はどうされますか? わたくしとしては、勉学に差し障りのない範囲で構わないと思っているのですが……」


「女子に学問は必要ありません! 当然、退学していただきます」



 奥様の優しい声を濁声が遮った。


 どうやらかなり古い考えを持った姑のようだ。



「でもお義母様。今は昔と違って女性も勉学は大切なんですのよ……」



 紅葉を気遣って姑に意見してくれる奥様は、相当優しい人なのだろう。


 紅葉は心から感謝した。


 けれど当然、紅葉とて適当な気持ちでここに来たわけではない。



「奥様! お気遣いには及びません。わたしは既に留年を決めてきました。この一年、いえ今は五月ですから、正確には十ヶ月でお願いできますでしょうか。残りの二ヶ月はその後、休日を利用して奉公させていただきますし、お金は必ず父が何年かかってもお返しします。ですから、どうかよろしくお願いします!」



 紅葉の決意を聞いた奥様は、申し訳なさそうな顔をしながらも頷いた。


 当然、妖怪姑はしたり顔。



「あら、ごめんなさい。朝比奈あさひな家の紹介がまだでしたわね。わたくしは律子りつこと申します。これからは『奥様』ではなくて名前で呼んでくださいね。主人は朝比奈病院の院長をしていまして『靖彦やすひこさん』と呼んであげると喜びますわ。わたくしはその理事長を任せられています。申し訳ないのですが、これからすぐに出かけなくてはならないので、あとはお義母様にいろいろと案内をしてもらって……」



 律子が言い終える前に携帯電話が鳴った。


 慌てて電話を取り「すぐ行きます」とだけ言って切る。


 本当に急いでいる様子だ。



「ごめんなさいね、慌ただしくて。紅葉さん、どうか緊張なさらずに。お義母様、あとのことはよろしくお願いします」



 口早にそれだけを言うと、律子は玄関へと走っていった。


 その足音さえも何故か美しく聞こえるのだから、人間とはつくづく不公平なものだ。



うめです」


「……?」



 何のこと? と呆ける紅葉。



「わたくしの名前です」


「はい。分かりました、大奥様」


「ちゃんと名前でお呼びなさい!」



 緑に染めた髪を振りながら、梅は顔を真っ赤にしている。


 しわしわの顔の下で照れている様子が、少し可愛らしく思えた。



 どうやら女性というものは、いくつになっても名前で呼ばれたいものらしい。


 紅葉は一つ大きく頷いた。

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