はじめの一歩で世界が滅ぶ異世界転生

日野球磨

それは始まらない物語


 女神たちは暇を持て余す。

 

 白や赤という上品な花に包まれた庭の真ん中にで今日もお茶会は開かれた。

 白色の光沢を放つ柱、鏡の様に周りの風景を映し出す大理石の様な床。

 屋根こそはついてはいないが、彼女たちは現代女性たちの悩みの一つであるじりじりとした太陽からのプレゼント――紫外線を全く気にせずに談笑に耽る。

 なぜならば彼女たちはいくら太陽に焼かれようとシミ一つ、いや、うっすらとした日焼け一つしないだろう。


 大理石の上に収められた白色の椅子と机。

 丸い机を囲むように彼女たちは座り、キャッキャと笑いを交えながら琴を奏でた様な美しい声でに喋る。


 彼女たちを包むのは一枚の布。肩から彼女たちの上品なお尻までを覆うそれはたった一枚しか纏われていない。

 だが、彼女たちの美しさを引き出すにはそれで十分だった。白色の布から出る肢体は同様に太陽の光のように真っ白である。

 肉付きは程よく、胸、腹、腰と見ればその体に比べてかなりぶかぶかなほどに大きな布ですらもその凹凸を隠しきれないほどに抜群のスタイルしている。

 まるで芸術品の様な手を器用に前に出し、机に置かれた茶菓子へと手を伸ばす。

 菓子はクッキー。四角い形をした白と黒のツートンカラーのそれで彩られた皿から一枚に指を這わせ、そっと、音を立てずにとる。

 ゆっくりと口に運ばれたクッキーを一口。たとえいかに小さく切り取られた一口サイズのものであろうと数口で食するのがここでは上品というものらしい。

 なので彼女もそれに従い、綺麗にそろった白い歯がのぞくこれまた綺麗な桜色をした唇の前に添えられたクッキーの角を一口。カリっと音を立ててクッキーは食される。


 彼女は緑色の目を細めながらクッキーをおいしそうに味わう。

 その様子に気づいた彼女たちの中の一人が、クッキーについて話し始める。


「いいでしょう、そのクッキー。私のところのシェフに数日かけて作らせたんですの」


 彼女は自慢げにクッキーのことを話す。

 だが、他の女性達からしたらその話はこの数百年で何度も聞いた自慢話に過ぎない。

 だが、彼女たちとしてはこのクッキーと紅茶に舌鼓を打つ日課はどうも外せないためにしょうがなく彼女の自慢話に耳を傾ける。


 曰く、私がどれだけ苦労してシェフを手に入れたか。

 曰く、そのシェフはいかに素晴らしい料理を作るか。

 曰く、その料理を迎え入れる朝はいかに美しいか。

 

 毎度のことながらシェフの自慢話から自分自身の自慢へと移り変わる彼女の話を片耳に入れ、片耳から出す。そんな作業に辟易した物が一人いた。

 彼女は何度となく聞いた自慢話をしおりを挟むよに終わらせる。


「あら、あなたの自慢話もいいけれど。少々変わった話をしませんこと?」


 遠回しに、いやかなり直球に近いフォークボールで投げられた、お前の話は面白くない。という変化球に少し顔を顰める自慢話女。

 だが、その視線を気にも留めずにしおり女は話を続ける。


「少し、面白いものを用意しましたの」


 そう言って彼女がどこからともなく取り出したのはほんの少し水色をした水晶。

 そこに映し出されたのは一つの星。


「ここに少し前に気まぐれで作った世界があります」


 彼女は水晶をくるくると回し、星の様子をお茶会に参加する女性達全員に見えるようにゆっくりと、これから行われることを一緒に楽しみましょうと言わんばかりに回す。

 何周か回し終えると、ピタっとその手を止める。

 そして水晶を撫でまわしながら口を開く。


「この世界に以前とある別の世界で見つけた魔王とやらを放って勇者と戦わせてみませんこと?」


 色合いのいい唇の端を少し上げ、男ならだれもがノックアウトの後に前かがみになってしまうであろう程の笑みで提案する。

 その言葉に他の女性たちは目を見開いて驚くものもいれば、興味深そうな笑みを浮かべるものもいた。


 少なくとも、彼女たちの様子を見る限りこの提案に対して否定的な意見はないようだ。

 そのことを感じ取ったしおり女、もとい水晶女は話を続ける。

 

「では、勇者とやらを探しましょう」


 そして、彼女たちはただの余興にも満たない暇を満たすためだけの犠牲を選ぶ作業へと入った。

 彼女たちは選ぶ。この世界に解き放たれる勇者を。

 ただ、 実はその勇者というのも、魂や器など関係などない。ただ面白そうという理由だけで選ばれる。


 そして、あえなくそんな神々の遊戯に捕まってしまった哀れな犠牲者が決まってしまった。


「では、この冴えない一般童貞に何を与えましょう?」


 そこから、女神たちの悪ふざけが始まってしまったのだ。

 世界の命運を、一人の悲しき男を作り上げた邪悪な悪ふざけが。


「やっぱり、勇者っていうぐらいですので強くなければいけないと思いますの」

 


 ◆◇◆◇



 ここで突然だが俺の説明をしよう。

 

 え? さっきの美麗な女の人たちを眺めていたかっただって? 

 残念だがそれは叶わない。なぜならこの話の主人公は俺で、あの女性たちは俺を強調させるための部品に過ぎないのだから。

 

 さて、では気を取り直して俺の話をしよう。

 俺の名前は『琴座芽きんざめ けい』、今にときめく高校二年生だ。


 さて、ここで俺の一日を覗いていこう。

 

 まずは起床。俺は朝は決まって6時に起きる。もちろんだが目を開いた瞬間に一言『今日も快眠だった』ということも忘れない。

 朝鏡の前で始めるのは髪の手入れだ。俺はいつもの琥珀色の櫛を棚からとり、決まって手の上で二回回転させてから左手を添えて頭を櫛で整える。

 これにかける時間は決まって15分。その後顔を洗い、もう一度15分かけて前髪を整える。もし、これを行わなければ俺はこの時間を朝と認識することができなくなるだろう。

 

「今日も完璧だな」

 

 眉の上まで程よくそろえられた前髪を見て俺は満足すると、すぐに朝食に移る。

 

 今日のメニューは昨日用意しておいたサンドウィッチだ。

 いいか? サンドイッチではないサンドウィッチだ。ここは絶対に譲れない。

 俺はサンドウィッチを片手間に頬張りながら、もう片方の手で紅茶のティーパックをお湯へとチャプチャプする。

 この動作を二回。いや二チャプチャプだ。これも絶対に譲れない。

 

 サンドウィッチを食べ終え、紅茶を飲み終えると、ティーパックを慎重に真空パックの中へと入れる。

 これで明日もこのティーパックをお湯へとチャプチャプすることができるだろう。


 次に学校へ向かうための支度をしようか。

 教科書と勉強道具。あとはしっかりと提出する予定の宿題をバックへ入れたことを確認する。

 ここでワンポイント。俺は背中に接触する部分に体育用のジャージを詰め込む。

 こうすることでバックの生地越しに伝わる角ばった教科書の角が自らの背中へと食い込むことを阻止することができるのだ。

 これは絶対に行う。決して体育の無い日であったとしても必ず俺はジャージを入れる。

 そしてジャージ、教科書、勉強道具。と詰め込み、一番取り出しやすい場所に提出予定の宿題を入れておく。

 

 これで準備は整った。そして俺は壁にかけてあった制服のホコリを端から端まできれいに取り除き、満足してから制服着始める。

 俺の通う学校は平凡な私立学校だ。登校時間は朝の7時30分まで。現在の時刻はちょうど7時だ。

 俺の家から進むこと15分で学校へとつくため、そこまで焦る必要はない。

 青色を基調とした制服、胸元にどの高校かを記す校章のバッチが煌めく。

 

 ネクタイを調整し、前と後ろがぴったりと同じ長さになるように揃え、俺の朝の支度は終了だ。

 最後の仕上げにと琥珀色の櫛を棚からもう一度取り出し、くるくると手の上で二回転させてから髪の毛を解く。

 

 玄関で俺は自分の皮の靴をなめるように見る。

 なぜならば昨日帰宅してから三十分ほどかけて磨いたクツなのだ。


「ふふふ、昨日もいい仕事をしたな」


 その靴に俺は靴下に包まれた足を入れる。

 平均より俺の足は少し大きめの28センチ。身長は180センチと少しだ。

 胴よりも足の方が長い理想的ともいえる体型だ。もちろんだが腹は引き締まったシックスパック。手入れは毎日欠かさない。

 

 そんな中俺は靴を履き、かかとを靴ベラ整えると、俺は快晴の太陽に向かって扉を開けた。

 なお、今日は雨が降っていたので傘を忘れずにさして登校する。


 

 登校ルートは決まって道路の右側を歩く。

 なぜならば正面からしか車が来ないからだ。俺だって不意打ちはこわい。

 せめて事故にあうとしてもしっかりとどんな車で事故にあうかを確認してから事故にあいたいものだ。

 できれば安く取り換えの利く中古車に轢かれたい。中古車ならば轢いた側への迷惑も軽く済むだろうしな。

 高いスポーツカーに俺のシミをつけてしまった日にはどうなるか……考えるだけでも恐ろしい。

 

 そう、例えばあんな黒塗りの高級車の様な車に俺の赤が加わってみろ、台無しになることは間違いない。 

 俺にとっても相手にとっても不幸にしかならないだろう。俺は俺であることに誇りを持っているのだ。

 車のシミとして芸術品になるなどまっぴらごめんだ。


 だが、あちらさんは俺の望みなど聞いてはいなかったようだ。

 

 視界がふらつく。一瞬何が起ったのか俺は理解することができなかった。

 俺のぼやける視界の先からは白色の肌にスキンヘッドをキメたサングラスのがっしりとした体形の男がぴちぴちのスーツを着てご登場だ。

 

「お……、こいつ……のか?」


「ま…がいない。…………」


 会話が聞こえる。

 スキンヘッド二号のご登場だ。

 こちらはサングラスを胸ポケットに引っ掛けて目をさらしている。

 緑色の目。顔の骨格や体型を見る限り明らかに日本人ではない。


 俺は人生の散り際にこう思った。

 これは迷惑かけちまったなと……。



 そう、これが俺の走馬灯である。

 そして今、俺は俺という誇り高き意思をもってここに存在している。


 周囲を見てみよう。

 白色の部屋。先ほど見た黒塗りの高級車とは全く反対の色をした部屋の中に俺はいる。

 

 髪の毛の調子は大丈夫だろうか? 少なくとも今は鏡がないために確認することはできないだろう。

 俺は車に引かれたおかげか少しばかり血に濡れた制服の上着を脱ぎ、下に来たワイシャツ姿になる。

 俺はほどけかけたネクタイを再びビシッと結びなおし、準備オーケーだ。


 そして俺の準備を察してくれたのか目の前に一人の女性が現れた。

 今、何もない空間から現れた女性だが、先ほど車に引かれた俺がぴんぴんとしているので、この空間は何でもありなのだろうと心の中で区切りをつける。

 さて、そんな何もない空間から現れた布一枚だけの美女は俺に向かってほほ笑むとぺこりと一礼する。

 ここは負けていられない。俺もそれに合わせて綺麗に一礼。決まった。完璧な礼だ。謝罪ではなく社交用の普通礼、斜め三十度だ。

 そんな俺を見た美女はついにその絵に描いたように綺麗なな口を開いた。


「勇者よ。世界を救ってください」


 突然の言葉に俺は困惑する。

 さぁ、といった感じで美女は手を広げるが、俺はさぁも何もなく手を引っ込めるしかない。

 勇者、最近確認した小説に幾度となく登場した名前だ。もちろんだが、あまり小説を読めていないために勇者が何かは詳しくはわからない。

 俺は日々自分のこだわりを満たすために精一杯なのだ。やはり、モテるための第一歩を踏み込むことは重要だからな。


 そこで俺は美女に問うた。


「世界を救うとは何をするのだ?」


 美女は言った。世界を救えと。勇者が何かはわからないが、世界を救えという単語の意を間違えることはないだろう。

 いつものように期末テストの上位をキープする俺にとっては朝飯前なのだ。


 その言葉を聞いた美女は微笑みを崩さずに返答をする。


「とある世界が魔王の手によって崩壊の危機に瀕しているのです。そしてあなた様には勇者の素質があり、唯一世界を救えるのはあなただけなのです!」


 魔王……またもわからない単語が飛び出してきた。おそらくだが魔王というのは間に属する邪な王という考え方でいいのか?

 そして、俺はそれに相対する存在としての素質。勇敢なる物の、つまり勇者の素質を持っているわけだと。


 なるほどなるほど、と俺は頭の中で美女のあいまいな説明をかみ砕く。ふむ、少し歯ごたえがあるな。

 であれば、であればだ。

 少なくとも俺はここにいることに違和感を感じていない。

 なぜならば先ほど走馬灯を見たばかりだから、自らの死をはっきりと認識したのだ。

 なぜ納得できるかといえば、それはあの走馬灯では首があらぬ方向へと曲がっていたからだ。先ず死んだことは間違いない。

 そして、ここで何かの選択肢を出すように現れた美女。

 世界を救いますか?yes or yes。


 おそらくだが俺に拒否権はない。

 ならばこちらが快く受けたことにしよう。

 うじうじと悩み抜き、それでも拒否した挙句無理矢理連れていかれるよりかはよっぽどましだ。

 この間0.2秒


 そして俺は二つ返事(俺視点では)で快く美女の言葉を了承した。

 

「世界を救いましょう」


 その言葉に満足したのか美女は微笑みからさらに口角をあげ、俺に笑いかけた。


「その返事を待っていました。それでは、勇者様のお手伝いになるようにスキルを渡しておきましょう」


 そう美女が俺に言うと、光が俺を包み込む。

 

「あちらにわたったらまず、『ステータスオープン』と唱えてください」


 そう言って美女が俺に手を振る。

 突然のことに驚く俺だが、美女に手を振り返すことだけは忘れない。

 


 次に俺が気付いた時には草原に立っていた。

 少なくとも俺はこれほど広い草原を知らない。

 だが、今はそんなことは置いておく。

 早速だが俺は美女の言葉通り『ステータスオープン』という言葉を唱えることにした。


「ステータスオープン」


 すると目の前にPCのウィンドウの様なものが表示される。

 表示にはこう書かれている。



―――――


  名:琴座芽きんざめ けい


筋力値:∞


魔力値:∞


俊敏値:∞


器用値:∞


耐久値:∞


スキル→


 耐性→


―――――


 と簡潔に書かれていた。

 何やらたくさん∞と書かれているが、これは可能性が無限大ということか?

 そうだろうな、人間の可能性はいつだって無限大だ。


 俺はその一つの項目をタッチする。

 タッチした項目は耐性だ。耐性の横にある右を向いていた三角が下を向き、小さなウィンドウを表示した。

 そこには一言、完全耐性。とかかれていた。


 少し物足りないものを感じつつ、俺は小さなウィンドウを閉じる。

 次に開けたのはスキルのウィンドウだ。俺はスキルと書かれた部分をタッチする。

 すると巨大なウィンドウが開かれ、そこには夥しい数の文字の羅列が書き込まれていた。

 

 視線を角に移せば『筋力値∞化』や『耐性値∞化』などという表記が見つかる。

 そしてさらに視線を動かせば『~魔法の極地』やら『~の極意』などと書かれた文字や。

 『それは一時の悪夢リセットボタン』や、『すべてを貫く体グングニル』などという表記も見つかる。

 表記をタッチしてみれば簡単な説明が書かれているようだ。

 俺はゲームとかをする時はあまり説明書を読まないタイプなので説明を見るのは省く。


 とりあえずこの世界の最初に一歩と行こうか。


 そうして俺は草原へと歩を進めようと足を上げた時だった。

 

 ここで少々の説明をさせてもらおう。

 まず、人が歩くためにはまず足を上げるという動作が入る。

 その動作をとった時、ある程度重心が傾いてしまう。そのため、バランスを取ろうと地に着いた足に力が入るのだが。

 ここで問題だ。無限大の筋力を持った俺がほんの少し力を込めたらどうなるだろうか?


 正解は、この星の敗北という結果が伝えてくれるだろう。

 俺はバランスをとるために地に着いた足のつま先に少し力を入れた。するとどうだろう、地面が深くめり込み、大地を割ったのだ。

 それに少しバランスを崩した俺は急遽上げた足を地面につけるということでバランスを取ろうとするが、足で力強く地面を踏んだ結果。

 

 まだ名も知らぬ星が俺の一歩で敗北したのだ。


 星が割れる。

 割れた星は、また一つの球体に戻ろうと動く。

 それが、天変地異の始まりだった。

 

 俺は見た。ここは海など見えない草原なのに、大津波がすぐそこまで迫っているところを。

 俺の足元がどんどん地面に呑み込まれていくのを。


 そして俺は気づいた。


「これって、魔王よりも先に世界を破滅させてしまった……のか?」


 その時、どこかであごの骨が外れるほどの大声の女の笑い声がした気がした。



◆◇◆◇



 次に俺が気付いた時には草原に立っていた。

 少なくとも俺はこれほど広い草原を知らない。

 だが、今はそんなことは置いておく。


 はて? となる読者方もいるだろう。

 俺はあの地割れに呑み込まれる間にとっさにあるスキルを使ったのだ。


 そのスキルの名は『それは一時の悪夢リセットボタン』。

 今までのことを帳消しにして最初からやり直すというスキルらしい。

 実際に使ってみれば、空は水の青ではなく、しっかりと空の青となっていた。

 地面を確認すると、地割れはなく。生き生きとした雑草が生い茂っている。


 俺は気づいてしまった。筋力無限大で動いてはいけないということにだ。

 

 だが、俺はあの美女から頼まれた魔王討伐という使命がある。

 ならばそれを達成するために何とか移動手段を見つけなければいけない。

 簡単に移動できて、簡単に世界を破滅させない何かを……。


「ステータスオープン」


 早速俺は『ステータスオープン』と唱え、ウィンドウ表示させる。

 すぐさまスキルの部分をタッチし、大きく開かれたウィンドウへと目を凝らす。


 ならば、と見つけたものの中で俺はとあることをひらめいた。

 俺の目に留まったのは『~の極地』シリーズの『風魔法の極地』だ。

 このスキルの説明を開いた時にとある魔法が目に入った。


 『風魔法:フライ』の存在だ。

 単純明快空を飛ぶだけの魔法。風を利用し、自らの身を宙に浮かせる。

 この際原理なんてどうでもいい。移動手段を確保しなければいけないのだ。


 そんなわけで俺は早速『フライ』の魔法を唱える。

 

「フライ」


 と、そう一言。それだけで体がふわりと浮いた。

 地から足が離れる。

 これで筋力値∞の因果から俺は解き放たれたのだ。

 俺の心はとてもさわやかな気分だ。

 先ほどはうっかりで世界を破滅に導いてしまったが、今度は違う。

 しっかりと筋力を使わない、安心安全な移動方法を確立したのだ。


 気分にも『フライ』の魔法が掛けられたのだろうか? 

 不思議と気分が高揚してくるのだ。これはあの時、自分に合うシャンプーを探し求め、苦節一か月の末に見つけた時と同じ高揚感。

 きっとこの世界も俺のことを祝福しているだろう。


 そして、俺は世界へと目を向けると。


 空前絶後の天変地異が起きていた。


 地面はめくれ上がり。大地の皮の下からはマグマという血液があふれ出ている。

 それは地の果てを覆うほどにどこまでも遠くまで。

 まるで、何かにあおられた拍子にめくれあがってしまったような。


 ……風の力を使って自身の体を浮かせる魔法?

 普通体を浮かせるとすれば重力に相反するために風は下方向へと向かう。

 下方向へ向かった風が次に向かうのは?

 おそらく地面にぶつかって真横に吹く。

 そしてだ、俺の魔力値は∞。筋力値∞というのはたった少し、赤ん坊が反射的に出された指を握るぐらいの力を入れただけで世界を破滅へと向かわせるステータス。

 ならばだ、魔力値∞というのはどういうものだろう?


 その結果がこれだよ。

 

 どうやら俺は世界に祝福されているのではなかったようだ。



◆◇◆◇



 リトライ二回目。

 二回目の『それは一時の悪夢リセットボタン』だ。

 次に俺は考える。


「ステータスオープン」


 とりあえず開かれたウィンドウのスキルをタッチし、スキル一覧を見る。


 そして次に俺はひらめいた。やっぱり一パーセントのひらめきは大切だなと俺はエジソン先生に心の中でお礼をする。

 

 作戦を伝えよう。話は簡単だ。大地が俺に耐えられないならば、大地を俺に耐えれるようにすればいいと。

 そして、俺がウィンドウから見つけたのは『地属性の極地』の『地魔法:硬化』のスキルだ。

 これは対象の物体を固くさせる。いくら固くしたところで、俺の筋力値∞は安々と破壊するだろうが。だがもし、俺の別の∞がそれにあらがったらどうなるだろうか?

 俺の予想は拮抗し合う。∞対∞、永遠に決着はつかず、俺は世界を破滅しないで歩くことができるのだ。


 こういうひらめきは脳の若さを保つのが秘訣だ。毎日なぞなぞを10問解いているだけはあるぞ。

 さて、早速俺は足元の地面に効果をかける。

 おっと、思わず手で触りそうになったが、我慢だがまん。とりあえず、俺は足に力を入れてみる。

 

 ぐっとかかとを下に押し付けるように力を入れるが、地面に変化なし今度こそ成功だ!

 と、俺は思わず飛び跳ねた。そう、飛び跳ねてしまったのだ。


 バァン!!! という衝撃音と共に俺の足元が消えた。

 

 これは……どういうことだ?


 少し考え、ある結論に俺は至った。

 読者たちは茶碗蒸しを食べたことはあるだろうか?

 俺はある。そしてだ、茶椀蒸しのタケノコを箸で下に押したことはあるだろうか。

 これも俺はある。箸で押したタケノコは、その形を保ったまま、茶椀蒸しの中を突き進むのだ。

 これを今の現状に例えてみよう。


 茶椀蒸しはこの星。タケノコは『硬化』で強化された地面。箸は俺自身だ。

 ここまで言えばわかっただろうか?


 そう、が押し出したタケノコ地面茶碗蒸しを突き進んだのだ。

 そして、遂にタケノコ地面茶椀蒸しを貫通し、星のかなたへ消えていった。

 

 そこまで理解した俺はゆっくりと三回目となる『それは一時の悪夢リセットボタン』を発動した。



◆◇◆◇


 

 それは何度目のことだろうか。

 それは何度繰り返されたのだろうか。


 今回もまた、俺は星を俺から守るために過去へ飛ぶ。

 

 誰かの、笑う声が聞こえなくなるまで。


 

 

 

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はじめの一歩で世界が滅ぶ異世界転生 日野球磨 @kumamamama

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