第12話 フェアウェル・パーティ

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 エルカズで30分の遅れを出したものの、アトラズ124便はその日午後5時にはプレデスの第一軌道ステーション到着予定であり、正午から恒例のフェアウェル・パーティが各食堂で開催された。


 上級食堂には船長も参加し、一等船室以上の客が全員集まって華やかに開催された。

 メインテーブルには、評議会議員ウェルマン・フォーセットとその夫人、シュラウド兄妹、ブレディ兄妹ほか4名の特別船室乗船者だけが着き、一昨日までの一等船室乗客を含めた陣容とはかなり顔ぶれが異なっていた。


 パーティの最初に船長から挨拶があった。


 「 皆様、このたびは当アトラズ宇宙輸送の124便をご利用いただきまして、ま

  ことにありがとうございました。

   当社、ならびに乗員一同に成り代わりまして厚くお礼を申し上げる次第でござ

  います。

   本船の航宙も残すところ5時間ばかり、船内時間で午後5時にはプレデス第一

  軌道ステーションに到着いたします。

   皆様の下船に先立ちまして、今回の航宙も無事成し遂げられることができまし

  たのも皆様の暖かいご配慮と多大なるご尽力の賜物と心より感謝しております。

   特に今航宙の後半におきましては、既に一部の方はご承知でございますが、幸

  いにも一連の事件が未然に防止されましたことをご報告いたさねばなりません。

   一つは誘拐未遂事件であり、一つは評議会議員の暗殺未遂事件であり、さらに

  プレデス解放戦線を名乗る輩のスペースジャック未遂事件でございます。

   いずれも万が一成功していれば人命にかかわる重大な犯罪でございましたが、

  小惑星帯ステーションよりご乗船いただきましたブレディ兄妹のご活躍により、

  いずれも未然に防止できましたことは誠に幸いなことでございました。

   ロバート・ブレディ様、アマンダ・ブレディ様、本当にご尽力ありがとうござ

  いました。

   後ほど功労者であるブレディ兄妹にもご登場願える機会がございますが、本日

  のパーティのステージには乗客の皆様から多数のエントリーがございました。

   乗員一同も乗客の皆様への感謝を込めて、精一杯のステージを繰り広げたいと

  存知ておりますので、どうか、この航海成就の祝いを兼ねて、ご存分にお楽しみ

  いただければ幸いかと存じます。」


 ステージが開幕し、種々の趣向を凝らした演芸が披露された。

 終盤に近づいて、ウェイターがブレディ兄妹とシュラウド兄妹の出番を知らせてきた。


 テーブルの他の客に中座の非礼を詫びて、四人は控えに向かった。

 司会が声高らかに紹介する。


 「 それでは、大詰めでございます。

   ラリィ・シュラウド、サブリナ・シュラウドのご兄妹、ロバート・ブレディ、

  アマンダ・ブレディのご兄妹によります演奏をお楽しみください。

   この二組のご兄妹は、本船で三日前に知り合ったばかりの仲でございますが、

  急遽、共演をしていただく運びになりました。

   私も、司会をする関係上、実はただ一度だけのリハーサルを四人の方たちには

  内緒で拝聴させていただきました。

   この四人の演奏は正しく見事であり、このパーティのオオトリを締めるに相応

  しいプロ並み以上の腕前であることを保証いたします。

   どうか宜しくご清聴願います。」


 盛大な拍手とともに幕が開いた。

 エルノスの華麗な前奏とともに始まり、サブリナの綺麗で響きのある歌声、繊細なビュートの調べ、合いの手のように軽快に奏でるデュールの淡い音色が渾然と混ざり合って、全く別の次元の曲を奏でている。


 間違いなく「希望の星」なのだが、各部がより強調されてその情景が目の前に浮かぶような見事な演奏であった。

 最後に消え入るようなビュートの調べで演奏が終わった途端に、聴衆皆がスタンディング・オベイションで惜しみない拍手を送った。


 カーテンを閉めても拍手が鳴り止まず、アンコールの合唱が沸き起こった。

 楽器を片手に降りかけた四人を司会者が押しとどめた。


 「 皆さんがあれほど望んでおられます。

   どうか、もう一曲だけで宜しいから何か演奏をしてくださいませんか。」


 「 ですが、練習をしたのはあれだけですから・・。」


 「 いいえ、愛の賛歌があると思います。

   リハーサルの時、最初にシュラウドご兄妹が演奏され、最後にブレディご兄妹

  が演奏された。

   あれも実に見事でございました。

   どうか、一曲だけ。」


 「 どうしようか。」


 ロバートが言うと、即座にサブリナが言った。


 「 ロビー、アミーと一緒に何か演奏してくれない?

   愛の賛歌は歌えるけれど、私にはまだ早いと思う。

   あなた方の演奏を聞いてそう思った。

   だから、二人で演奏をして欲しい。

   もう一度感動を与えて欲しいの。」


 「 うん、それがいい。

   僕らの拙い演奏が入ると返って邪魔になるだけだ。

   ロビー、アミー、やってくれよ。」


 ロバートとアマンダは顔を見合わせた。


 「 仕方が無いな、じゃ、ラリィとリナのために皆さんが知らない曲を演奏しよ

  う。

   誰も評価ができないようにね。」


 司会者が口を出す。


 「 曲目は何ですか。

   ご紹介しますので・・。」


 「 いいえ、紹介は自分でいたしましょう。

   マイクを貸していただけますか。」


 間もなく幕が開いた。


 「 皆様の声援に送られ、また、この旅で出会ったかけがえの無い二人の友人のた

  めに、「夜明け」と言う曲を演奏したいと思います。

   この曲はほとんど知られておりませんので、ここにおられる方でご存知の方は

  いらっしゃらないと存じます。

   世界の夜明けが皆様にお伝えできたなら幸いと存じます。」


 曲名の紹介の後、デュールの静かな前奏から始まった。

 透き通るようなデュールの音色が会場の隅々まで響き渡る。


 そうして、ビュートの繊細な調べがゆっくりと流れ始める。

 低音の重々しい響きが、夜明け前の暗がりをイメージさせた。


 主旋律が急にデュールに変わったが、大部分の客はそのことにさえ気づかないほど二つの音色は融合していた。

 情景が変わるように、ロバートが指で弦を爪弾き始めた。


 まるで小鳥のさえずりを思わせる。

 居並ぶ客はデュールにこのような演奏技法があることすら知らなかった。


 デュールは弓で弾くものと決まっていたからだ。

 デュールが再度弓で弾き始められると同時に主旋律がデュールに移った。


 ビュートの破裂音のような演奏が始まったが、決して不快を感じさせない。

 むしろデュールの旋律と相まって清々しい朝のイメージがはっきりと浮かぶ。


 主旋律が二つの楽器で和音のように奏でられ、目くるめく朝日を演じる。

 不意にすっと消えた音が演奏の終わりを告げた。


 そのことが逆に聴衆に何も無い音の余韻を感じさせた。

 絶妙な演奏である。


 ロバートとアマンダの二人が立ち上がって、初めて演奏の終わりに気づき、再度のスタンディング・オベイションで拍手の嵐が見舞ったのである。


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※ 補足説明

 プレデス星系  : プレデス世界の主星系

 ランドエル星系 : プレデス星系から15光年の第一殖民星系

 コレル星系   : ランドエル星系から11光年の第二殖民星系

 ザルツ星系   : プレデス星系から19光年の第一殖民星系


 エルカズ    : プレデス星系第6番惑星


 バルド     : プレデス世界の重量単位、千分の一バルドを1レルバルドと

          いう。

 ゼル      : プレデス世界の通貨単位、百分の一ゼルを1ウォルという。

 ロナニウム   : 希少金属、比重21.6   

 レーベ     : プレデス世界の距離単位、千分の一レーベを1レルレーベと

          いう。

           因みに、ロバートの身長は1.66レルレーベ(1.78

          m)、アマンダのそれは1.59レルレーベ(1.70m)で

          ある。


 エルノス    : 鍵盤楽器、156の鍵盤を持つ大型の楽器

 ビュート    : 古くからある伝統的な弦楽器

 デュール    : 金管楽器、横笛


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※ 登場人物

 ロバート・ブレディ  : エドガルドの次男、22歳、超能力者

 アマンダ・ブレディ  : エドガルドの次女、21歳、超能力者

 

 ラリィ・シュラウド  : シュラウド財閥の御曹司25歳

 サブリナ・シュラウド : シュラウド財閥の息女19歳


 エルヴィス・ダウド  : プレデス国立経済研究所所長、惑星間宇宙船で一緒に

             った乗客

 メアリー・ダウド   : エルヴィスの妻

 

 ダンカン・ホールド  : 元総合商社社員、惑星間宇宙船で一緒になった乗客

 ケリー・ホールド   : ダンカンの妻


 ジョン・タルビス   : 惑星間宇宙船で一緒になった乗客


 ベリントン      : 小惑星ステーションの公益所係官


 ジョーンズ・ハイベルグ: 宇宙船アトラズ124便の船長



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