第10話 音楽室での練習

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 四人の男女が、昼食を挟んで、音楽室に集まったのは定刻の五分前であった。


 「 さて、余り時間が無いけれど、先ずロビーとアミーは楽器を選んでくれ。

   ここにある楽器はどれでも使っていいというお墨付きを得てある。」


 ロバートとアマンダは楽器の置いてある棚を調べて、やがてそれぞれ一つずつの楽器を選んだ。


 ロバートが選んだのは古くからある伝統的な弦楽器ビュートであり、アマンダは金管楽器のデュールを選んだ。


 少し音の調律をしていた二人だが、やがてロバートが言った。


 「 僕らは準備ができたけれど、リナが何を歌うのかまだ知らない。

   リナは何を歌うの?」


 「 うーん、ドルーパの愛の賛歌を歌いたいのだけれど・・。

   お兄様は知ってるわよね。

   ロビーとアミーはどう?」


 「 聞いたことがあるかもしれないね。

   一度、ラリィの伴奏で歌ってくれるかい。」


 ラリィはエルノスを弾き始めた。

 やがて、声量のある声でサブリナが歌いだした。


 綺麗な歌声だった。

 物悲しいメロディから綴られる曲は悲恋のようでもあった。

 一曲歌い終わって、二人が拍手をした。


 「 リナ、凄く、上手ね。

   でも、この曲は悲恋の物語なの?」


 「 ええ、そうなの。

   大昔の物語を曲にした歌で、騎士と娘の悲恋。」


 「 そう、・・・とっても上手なんだけれど・・・。

   リナの声には合っていない様に思った。

   ロビーはどう思った?」


 「 ウン、僕の感想も同じかな。

   リナ、この曲は確かに素敵だ。

   でも19歳の君が悲恋の曲を歌っちゃいけないと思う。」


 「 でも、この曲が一番好きなんだけれど・・・。」


 「 じゃ、一度だけ、リナの余り得意な曲じゃなくてもいいから、明るい曲を歌っ

  てくれないかな。

   それを聞いてから、どちらかに決めようよ。」


 何となく納得していないサブリナであったが、ロバートから優しく言われると断りきれない。


 「 うーん、じゃ、アルスの希望の星をお願い。」


 ラリィが伴奏を始めた。

 キーが少し高い。


 綺麗な歌声は同じだったがキーが高い分どうしても高音部に響きがない。

 その分自信がなさそうに歌っている。


 「 ちょっと待ってくれる。

   ラリィ、Aマイナーで弾くことはできる?」


 「 ああ、できるけれど、・・・。

   曲は余り変えちゃいけないんだぜ。」


 「 うん、知っている。

   でも、リナが歌えるキーにしてあげた方がより上手に歌える。

   少なくとも、さっきの悲恋の歌よりもリナの声には合っていると思うから。」


 ラリィが再度伴奏を始めた。

 キーが低くなった分随分と楽に発声をしている。

 一曲弾き終わって、ラリィが驚いた。


 「 へぇ、ロビーの言うとおりだ。

   愛の賛歌よりもこっちの方がリナに合ってるよ。」


 ラリィの言うことが信じられないのか、サブリナが首を傾げながら確認する。


 「 本当?」


 「 まだ、自信が持てないかな?

   じゃ、すこし、自信をつけさせようね。

   リナ、君のお腹に触るけれどいいかな?」


 「 ええ、いいけれど何をするの?」


 「 君が歌うときに足りないものを補強するだけ。

   いいかな、僕が力を入れたときには負けないようにお腹に力を少し加える。

   そのまま、Dの音階であーと声を伸ばしてくれる。」


 リナはあーと声を出した。

 背後に回って腰の上辺りに両手を当てているロバートが、腰を挟みつけるように力を入れた。


 それに負けないように少しお腹の力を入れて声を出すと、リナの声がより響いた。


 「 ラリィ、もう一度伴奏をしてくれる。

   リナは歌うけれど、今の感覚を忘れずに、僕が力を入れたらお腹の力を入れる

  んだよ。」


 再度、リナの歌声が響いた。

 但し、そのつど、声の強弱に浸透度のようなものが加わった。

 ラリィの耳にもそれはとても心地よく聞こえた。


 「 こいつは驚いた。

   リナ、さっきの歌声とは別物だよ。」


 「 ロビー貴方のおかげで力の入れ具合はわかったけれど、これが声にどういう変

  化を与えるの?」


 「 そうだなぁ。

   この音楽室は比較的狭いよね?

   でも、今度パーティを開く会場が夕食の会場と同じであれば、この音楽室の5

  倍から6倍の広さを持っている。

   もし、その広さを君の声で満たそうと思えば少なくとも2倍以上の声量を出さ

  なければならない。

   でもそれは無理だ。

   だから声量ではなくって、音が遠くまで広がるように浸透させなければいけな

  い。

   それをするには肺ではなくて腹筋で調整すればいい。

   一番いいのは会場の広さに併せて隅々まで同じ音量で聞こえる声を出すのが理

  想だけれど、それには練習時間が足りなさ過ぎる。

   だから、会場の反対で音響が跳ね返ってくるのを覚悟で、腹筋だけの浸透度を

  増す場所を指定した。

   そうすればこの曲の少なくとも強調したい部分は聴衆に良く聞こえるようにな

  る。

   今度は、僕が合いの手を入れないから、もう一度やってみてくれるかい。」


 再度、ラリィの伴奏が始まり、より自信に満ちた声がサブリナの喉から出てくるようになった。


 「 いい、とてもいい。

   リナ、ラリィ、二人はとてもいいコンビだ。

   リナ、疲れているかもしれないけれど、もう一度だけ、歌えるかい。

   今度は僕らも伴奏をする。

   但し、僕らの伴奏には決して負けないで欲しい。

   僕らの伴奏は変則的だ。

   リナは、原曲に忠実に歌って欲しい。

   ラリィ、エルノスも同じくAマイナーで原曲に忠実に弾いて欲しい。

   僕とアマンダは原曲に無い音を出すことになる。

   でも絶対に原曲を否定するものじゃない。

   伴奏は主旋律を引き立てるものであって、決して主役じゃない。

   いい?

   じゃ、お願い。」


 エルノスの伴奏が始まった。

 サブリナの歌声が出るのとほぼ同時に、ビュートの音色が響き始めた。

 少し遅れるように絶妙なタイミングでデュールの柔らかい音が断続的に響く。


 サブリナは目くるめくような音の乱舞を感じ始めていた。

 だが、伴奏に負けないでというロバートの声が残っていた。


 最後まで歌い終わったときには、がくっと膝の力が抜けたように感じて、よろめいたほどである。

 背後からロバートが抱きかかえてくれた。


 「 大丈夫かい。

   よく歌ったね。

   とてもよかった。

   これで、明日の本番は大丈夫だよ。」


 耳元で囁くように言われた言葉が、身体中に染み渡っていた。


 「 ロビー、一体今の感覚は何なんだ。

   一曲弾くのにこれほど疲れたことは無いぜ。

   お前さん、魔法使いか?」


 呆けたようになっていたラリィが言った。


 「 さっきも言ったろう。

   原曲を引き立てるための伴奏だよ。

   リナとラリィが一生懸命にやってくれたから、リハーサルの最後にご褒美とし

  て、リナの一番好きな曲を僕らが演奏してあげよう。

   聞いていてくれる?」


 ビュートが主旋律を奏でる。

 その後はさっきとはうって変わった音色のデュールが響き渡る。


 荒涼とした原野が思い起こされた。

 そこに佇む娘が一人、帰らぬ兵士を待っていつまでも佇み、やがて崩れ落ちる廃墟の中にその姿も消えて行く。


 ただ聞いているだけでシュラウド兄妹の目に涙が浮かんだ。

 見事な演奏が余韻を残して終わったとき、二人の啜り泣きが残っていた。


 「 君たち二人は感性が豊かだね。

   芸術家に生まれても良かったかもしれないな。」


 ラリィが涙を拭きながら言った。


 「 こいつは、本当に参ったな。

   まさか、これほどの腕前を二人が持っているなんて思っても見なかったよ。

   愛の賛歌をちゃんと知ってるじゃないか?」


 「 いや、ラリィ、この曲を聴いたのは僕もアミーも初めてだ。」


 「 初めて聞いた?

   まさか・・・。」


 「 そろそろ、時間だ。

   リハーサルはお終いでいいかな?」


 ブレディ兄妹は、楽器を仕舞いだした。

 シュラウド兄妹にとってはあっという間に過ぎた夢のような2時間であった。


 シュラウド兄妹は部屋に戻る最中終始無言であった。

 部屋に戻ってソファに座り込むと、サブリナが聞いた。


 「 ねぇ、お兄様、さっきロビーが言ったこと本当かしら?

   二人が、愛の賛歌をはじめて聴いたって・・・。」


 「 ああ、多分、本当だ。

   あいつは俺たちに嘘はつかない。

   言えないことはきちんと言えないと断る。

   仮に嘘をつくとしたら余程の事情がある。

   今度の場合、そんな事情はあるはずも無い。

   あいつはいい奴だよ。

   リナ、お前に伝えておかなければならないな。

   約束したことちゃんと聞いたぞ。

   ロビーには決まった相手はいないし、お前に好意を持っている。

   だが、それが恋愛に発展するかどうかは自分の眼で見極めたいと言っている。

   だから、お前のいいところは言わなかった。

   ロビー曰く、相手のいいところも悪いところも自分で見極めなきゃ恋愛にはな

  らないってさ。

   一時の感情に流されずに、相手をよく見極めなければ互いに不幸になるとも言

  ていた。」


 「 そう、・・・。

   アミーも似たようなことを言っていたわ。

   アミーも決まった相手はいないって。

   それにお兄様にも好意は持っているけれど、恋愛は伴侶にすべき人を見つけて

  から初めて育むものだって。

   お兄様もその候補者だけれど、まだ時間が必要だわねと言っていた。」


 二人顔を見合わせて思念を交わした。


 『 私たちなれるかしら。』

 

 『 そうだな、なれるかどうかわからないけれど、精一杯なれるように努力するし

  かないな。

   いまさら背伸びしても始まらない。』

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