第4話 正餐(1)

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 船長が、間もなくその空席のひとつを埋めた。


 「 さて、今日はこの10人で会食を始めましょう。

   レナウドご夫妻は体調が優れないとのことで欠席の連絡が参っております。

   恒例により、本日乗船されたお二人をご紹介しましょう。」


 船長は、小さな手帳を取り出して読み上げた。


 「 ロバート・ブレディ様、アマンダ・ブレディ様、お二人はご兄妹であり、プレ

  デスまでご一緒されます。」


 ロバートとアマンダは立ち上がって簡単に会釈をして挨拶をした。


 「 ではブレディご兄妹のために他の方たちをご紹介いたしましょう。

   私の右手から、エルヴィス・ダウド殿、同ご令室メアリー様、次がダンカン・

  ホールド殿、同ご令室ケリー様、ジョン・タルビス殿、ラリィ・シュラウド殿と

  サブリナ・シュラウド様、このお二人もご兄妹でございます。」


 一人一人が、目礼で挨拶をしてくれた。


 「 今日は、若い方が四人も揃われて中々に華やかでございますな。

   しかもこれほど美男美女が揃われることも珍しいことです。」


 船長が感想を述べた。


 「 お二人は、小惑星から乗られたようですが、観光でもなされていたのですか

  な。」


 初老のホールド夫人がロバートに尋ねた。


 「 いいえ、仕事で参りまして、その予定が無事に終えることができましたのでプ

  レデスに戻るところでございます。」


 「 まぁ、お仕事で?

   では鉱山関係のお仕事をされていますの。」


 「 ええ、まあ、・・・・。

   レアメタルの採掘関係です。」


 「 レアメタルですか。

   中々に難しいお仕事のようですねぇ。

   最近は、特に小惑星帯でも採掘が難しくなっているとか・・・。

   相場が随分高騰していると聞いておりますけれど。」


 「 そうですね。

   一週間前と比べると1割から2割ほど高騰しているようです。」


 「 で、ご商売は繁盛なさっておいでですの?」


 「 ええ、まぁ、そこそこには儲けさせて頂いています。」


 「 そこそこというのは、業界ではかなりという意味合いを持つと聞いたことがご

  ざいますのよ。

   シュラウド財閥のご子息とご令嬢はともかく、お若いあなた方お二人も特別室

  に入られているのでしょう。

   かなり儲けられていなければできないことですのよ。」


 「 そうですね。

   特別室を利用できるぐらいには儲けさせていただいていると申し上げておきま

  しょう。」


 「 あら、まぁ、若い方に似合わずお口がお上手ですね。

   ところで、どちらのご出身ですか?」


 そう尋ねた途端に小さな事件が起きた。

 質問好きなホールド夫人の隣でワインを取ろうとしたホールド氏がワイングラスを取り落としてしまったのである。


 途端にホールド夫人のドレスに赤い液体がかかってしまった。

 慌てて立ち上がったホールド夫人だが、時既に遅かった。


 白い正装用のドレスに赤い染みがしっかりと付いてしまった。

 二人のウェイターが慌ててタオルを持ってきたが、ドレスについた赤い染みは容易なことでは落ちない。

 夫婦間でのやり取りはともかく、一騒ぎが済むと、ホールド夫妻は中座の非礼を詫びて部屋に戻っていった。


 「 やれやれ、ホールド夫人の質問攻めから解放されて良かったですな。」


 そう言うエルヴィスの傍で夫人のメアリーがわき腹を小突いている。


 「 なぁに、本当のことだから良いじゃないか。

   お前も閉口していると言ってたじゃない。」


 これには、同席の者が皆苦笑した。

 気まずい雰囲気を破ったのは、サブリナであった。


 「 ロバート様も、アマンダ様もお幾つですの。」


 「 私は22歳、アマンダは21歳です。」


 「 まぁ、私は19歳だけれど、お兄様よりもお若いのね。

   その年でもう事業をされているのかしら?

   それともお父様のお手伝いでしょうか?」


 「 うーん、父の事業ではありません。

   私とアマンダが独立しての事業でした。」


 今度は、ラリィが聞く。


 「 失礼ながら、事業でしたというのは、既に終了してしまったということでしょ

  うか?」


 「 そうですね。

   少なくとも小惑星で行う事業は清算してしまいました。」


 「 大変失礼なことをお尋ねしますが、ブレディ家という事業家を私は知らないの

  ですが、お父様は何をなされている方でしょうか。」


 「 うーん、少々困った質問ですね。

   父は軍人、いえ、元軍人でしょうね。」


 「 そうですか、軍人の家系で事業をなされる方は少ないのですが・・・。

   大学はどちらのほうへ?」


 「 あ、私もアマンダも大学へは行っておりません。

   特にその必要性が無かったものですから・・・。」


 「 いや、しかし、・・・・。

   あなたの話し方は、プレデスの一流大学でも出なければ身に付かない話し方だ

  と思ったのですが・・・。」


 「 大学は学問を教えてくれますが、人の生き方や商売のやり方までは中々教えて

  いただけない。

   学問はある意味で知識ですから、情報ネットで入手もできるでしょう。

   人の生き方は千差万別ですから、学問上の分析や編集では文字には表せないも

  のです。

   生き方というか人生の進む道は自分で見つけるしかないと思います。」


 そばで聞いていたエルヴィス氏が言った。


 「 ほう、お若いのに達観しておられる。

   私ぐらいの年になると、そういった信条も出来上がるが、・・・。

   貴方ほどの年齢でそこまで確固とした信念を貫き、実践されているのは非常に

  珍しい。

   しかも、先ほどの話ではおそらく成功裏の内に事業をやめられたのでしょう。

   失礼ながら、如何ほど利益を上げられたのかな?」


 「 さてさて、そのようなことを申し上げてよろしいやら・・・。」


 ラリィも頷きながら言った。


 「 正直申し上げて私も是非お伺いしたいですね。」


 ロバートは周囲を見渡して、ため息をついてから言った。


 「 仕方が無いですねぇ。

   ジョーンズ船長、この客船はお幾らぐらいしますか。」


 唐突に自分に質問が返ってきたので驚きながらも船長が答える。


 「 新造当時で5千万ゼルほどと聞いてはおりますが、現在では10年以上も経っ

  ておりますからねぇ。

   仮に中古船市場に出ても1千万ゼルで売れるかどうか。」


 「 ではこの船十隻分以上は利益を上げたと申し上げておきましょう。」


 これには一同が驚いた。

 一億ゼルなどという金額は、どのような事業であれ、簡単に利益を上げられるものではないのである。

 それを事も無げに言う若者に唖然としていたのが事実である。


 プレデスで一般人が稼げる生涯賃金が凡そで500万ゼルといわれている。

 それをはるかに越える金額を22歳の若者が稼いでしまったというのでは、余程のことが無ければならない。


 「 失礼ながら、先ほど言われたレアメタルとはロナニウム鉱石のことですかな?

   そうでもなければ少なくとも億単位の利益は難しいが・・・。」


 「 ええ、そうです。」


 「 ですが、それほどの量をいったいどのぐらいの期間で?」


 「 事業を始めてから2ヶ月でした。」


 「 2ヶ月、そんな僅かの間にですか。

   いや驚いた。

   ロナニウム鉱石は、抽出が難しい。

   通常の含有率では、専門の冶金事業者でも1000バルドの鉱石から1レルバ

  ルドのロナニウムを精錬するのがやっとというはず。

   それほど含有率の高い鉱石があったのでしょうか。」


 「 辞めた事業ではございますが、余り詳しいお話はできません。

   悪しからず、ご了承ください。

   ただ、近々ロナニウムが近年に無く大量に出回ることは予想できます。」


 「 ロナニウムの相場は、1レルバルド当り、1万ゼル程度。

   10バルド相当のロナニウムが出回るということですかな。」


 「 それ以上と申し上げておきましょう。

   仕事の話はこれぐらいで、・・・。

   女性の方々が退屈しておられます。

   別な話題にいたしましょう。

   サブリナ嬢、個人的な質問をしても宜しいでしょうか。」


 サブリナが笑顔で言った。


 「 はい、お答えできることであれば・・・。」


 「 サブリナ嬢のご趣味は何でしょうか?」


 「 ウーン、いろいろあるけれど、身体を動かすスポーツが好きですね。

   ロバート様は?」


 「 そうですねぇ、スポーツは何でも好きですが・・・。

   人間の観察が趣味かもしれません。」


 「 ほう、それはそれは、また若いのに似つかわしくない趣味だ。

   ロバート君は、本当に22歳かね?」


 エルヴィス氏が茶々を入れる。

 「 はい、正真正銘の22歳です。

   もっともあと2ヶ月ほどで23になります。」


 「 人間の観察と言うよりは、君の年頃ならばガールハントと言ったほうが似合っ

  ているかもしれないが、どうだね。」


 「 そうですね。

   綺麗な女性なら見ていて楽しいですね。

   でも単なる見てくれだけではなく、中身も伴った美しさであれば良いと思うの

  ですが、・・・。

   それに、若い女性だけではなく、男性にもお年寄りにも興味はあります。

   観察をしていると、中々に面白いことがわかります。」


 エルヴィス氏は、それを聞いて挑むように言った。

 「 たとえば、私などは何をしているかわかるかね。」


 「 そうですね。

   エルヴィス氏は、・・・。

   経済に憧憬が深いご様子で、ご興味もお持ちの様ですね。

   仕事というよりは、学問の探求に近い興味でしょうか。

   ですから、もしかすると大学の教授か研究所の所長さん辺りではないでしょう

  か?」


 「 はて、どこかで私の経歴を見たことがあるのかな?

   確かに私は、プレデス国立経済研究所の所長をしているが、・・・。」


 「 いいえ、以前にお見かけしたこともありませんし、経歴も調べたことはありま

  せん。

   ただ、お話し振りが大勢の方の前で話しなれていること、少し変わった見方で

  物事を考えられるから、あるいはと思っただけです。」


 「 では、先ほどここに同席していたホールド夫妻については、君はどう見ていた

  のかな?」


 「 ご夫君のダンカン氏は、お話になられなかったので良くわからないところもあ

  りますが、年齢から見る限り、現役を退かれ、その退職記念にご夫妻で旅行中ぐ

  らいでしょうか。

   奥様はお元気な様子ですが、ダンカン氏はあるいは内臓に病気をお持ちかもし

  れません。」


 驚愕の表情を浮かべながらエルヴィスは言った。


 「 良くわかったね。

   確かに彼はそれまで勤めていた会社を退職しての旅行と自分で言っておった。

   それにすい臓に不治の病を抱えているともね。」


 「 そうでしょうね。

   奥様もそれを承知で努めて明るく振舞っておられるのでしょう。」

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