8-2

「すげえな、ちひろ! あの桐生タケルに認められるなんてさ。俺も負けていられねえな!」

 カズマは声を弾ませています。どうやらケガもすっかりよくなったようです。


「みんなのおかげだよ。そうだ、カズマにこれを返さなきゃ」

 ちひろはぎゅっと握りしめていたコインを、カズマの目の前に差し出しました。


「ごめん、ずいぶん汚れて、傷ついちゃったけど」

「ん? 何それ」

「何って、コインだよ。いつも持ってたじゃないか」

「ああ、それか。別にいいよ、返さなくても」

「そんなわけにはいかないよ。親父さんからもらった大事なコインなんだろ?」


 ちひろがそう言うと、カズマはきょとんとした顔をしました。


「確かに親父がくれたけど、まだいっぱいあるから」

「へっ?」


 今度はちひろがきょとんとする番です。


「兄貴たちがいらないって言うから、コインは全部俺がもらったんだよ。お前も欲しいんだったら、新しいのを持ってきてやるよ」

「……いらない」

「どうした、なんで怒ってるんだよ」

「人の気も知らないで。何が『新しいのを持ってきてやる』だよ!」

「なんだよ、そんなに怒るなよ。ほら、機嫌直せって。お客さんだぞ」

「うるさいな、客って誰……えっ?」


 にやっと笑ったカズマの視線の先に、かんなの姿がありました。

 開けっぱなしになっていた扉の前で、かんなは硬い表情のまま立っています。


「じゃあな、ちひろ。また来るからな」

「ちょっと待った、カズマ!」


 テツさんも立ち上がりました。


「いいか、ちひろ。こないだ教えたとおりに言うんだぞ」

「無理だよっ!」


 ちひろは必死で止めましたが、カズマとテツさんはニヤニヤしながら出て行ってしまいました。


 かんなは黙ったまま、ベッドのそばの椅子に腰かけました。

 気まずい沈黙に耐え切れず、ちひろは言葉を探しますが、うまく出てきません。


「悪の総帥から、全部聞いたわ」

 かんなが、ぽつりと言いました。


「そ、そう」

 ちひろはそう言うのがやっとでした。


 だってかんなは、泣きそうな顔をしているのです。

 きっと真実を知って、自分のことを責めているのでしょう。

 気にしないでと言いたいのに。たったそれだけのことがうまく言えません。


「私、あの時ひどいことを言ったわ。ううん、それだけじゃない。必死で光太郎君を守ってくれたのに、ちひろくんを叩くなんて……私、最低なことをしてしまった。本当にごめんなさい」

「そ、そんなこと、あったっけ?」


 ちひろは、精一杯とぼけました。

 けれどついに、かんなの瞳から大粒の涙がぽろっとこぼれてしまいました。


「あっ、泣かないで! えっと、えっと」

 ちひろは大慌てで、とっさに言ってしまいました。


「君の泣き顔が美しいのはもう知っているよ。だから今度は、もっと美しい顔を見せてくれないか――そう、輝く笑顔をね」


「……?」

 かんなは、けげんな顔をしています。


「いや、違うんだ。今のはテツさんが……あっ、テツさんっていうのは、村で喫茶店をやってる人で」


 困り果てて必死になっているちひろを、かんなはしばらく見つめていました。

 そして、やがて肩を震わせて、うついてしまいました。


「あの、かんな先生?」


 かんなは笑っていました。

 涙を指で拭いながら、こらえきれないといった様子で笑っています。


「ちひろくん、変なの」

「変だよね、やっぱり」

「うん、とっても変。全然似合わないわ」


 かんなはおかしそうに笑っています。


 ちひろは少しほっとしながらも、

(やっぱり、テツさんなんかに相談するんじゃなかった……)

 と、思っていたのでした。

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