7-6

 全身の血液が、頭のてっぺんに集中するような感覚に襲われました。

 両足をなんとか踏ん張りますが、立っているのがやっとです。


 頭上のレンズが、ちひろの持っているエネルギーを一滴残らず吸い上げようとしているのです。

 肺の中の空気までもが吸い出されてしまい、うまく息ができません。


 ちひろのヒーローオーラは、今は青色に輝いていました。

【青い月】の力と一体化しているためです。

 青いオーラは激しく暴れ、【赤い月】に襲い掛かろうとうなり声を上げています。

 ちひろは意識を保つのもままならない状態で、それでも必死にオーラをおさえ続けました。


 丈夫な布を幾重にも重ねるように、ちひろは自分のオーラを【赤い月】の周りへと巻き付けていきます。


 汗の粒が額を流れて落ちていきます。

 けれど体温はどんどん下がっていき、震えが止まらなくなっていました。

 喉はカラカラで、息を吸うのも苦しくて、ちひろは思わず呻きました。

 それでも、ここで倒れるわけにはいかないのです。


(俺は、みんなを守りたい!)


 突然、体が楽になりました。

 背中から胸へと、あたたかく力強いものが流れ込んできます。


 虹色に輝くヒーローオーラが、ちひろの体になみなみと注がれていきます。


 頭上ではレンズが小刻みに震えながら、ちひろの命まで吸いつくそうとしています。

 けれど隼人のオーラは、奪う力よりもはるかに大きく、ちひろに力を与え続けてくれるのでした。



 朦朧とする意識の中で、まぶたの裏側に映像が浮かんできました。


 白い病室、青空が広がる窓の側。

 まだ若い母が、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて笑っています。


 やがて、廊下をバタバタと走る音が近づいてきて、ドアが勢いよく開きました。


「静かに!」

 看護師さんの厳しい声にもかまわず、飛び込んできた父。


 父は赤ん坊に顔を近づけると、そっとその手に触れました。


「ちひろ、父さんが分かるか?」

「まあ。もう名前を決めてしまったの?」

 母が驚いたように言いました。


「ここへ来る途中で急に思いついたんだ。『星崎ちひろ』っていい名前だと思ったんだけど……ダメかい?」

 父がおずおずと訊ねると、母は笑いました。


「本人が気に入ってくれたら、それでいいと思うわよ」

 赤ん坊は、父の指をゆっくり握りました。

 そして、何かひとりごとを言いながら、幸せそうに笑いました。


 父の両目から、急に涙がぼろぼろとこぼれてきました。

 指先を幼い息子に握られたまま、伝説のヒーローは泣き崩れてしまいました。


「ちょっと、隼人さん。もう、どうしたのよ」

 泣きじゃくる父の背を、母がとんとんと叩いています。


 ちひろの知らない思い出が、オーラと一緒に流れ込んできたのでしょうか。

(そっか……この名前は、父さんがくれたんだ)



「ちひろ!」


 父の声が鋭く響き、ちひろはハッとして表示を見ました。


 あと五秒。

 4、3、2、1。


 その瞬間、ちひろは両手を大きく広げ、抑え続けたエネルギーを一気に解き放ちました。


 赤い光と青い光が、一斉に輝きました。


 狂ったように暴れ出す【赤い月】を、【青い月】の輝きが押し戻していきます。

 ふたつの月はぶつかり、ゆらぎ、せめぎ合い――。


 一瞬、腕を後ろに引っ張られたような気がしました。

 黒い影が自分をかばうように飛び出したような気がしました。


 けれど、それを確かめる時間はありませんでした。


 視界のすべてが白くはじけました。


 その直後、全身を強い衝撃がつらぬいて、ちひろの意識は真っ暗な闇へと沈んでいってしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る