7-5

 地下室には、何かのモーターが動くかすかな振動音だけが響いています。


 先に口を開いたのは、隼人のほうでした。


「本当に【青い月】を渡す気はないのか」

「渡したら、父さんがもう戻ってこないような気がする。だから渡せないよ」


 少しためらうように、隼人は目を伏せて言いました。

「死ぬかもしれないんだぞ」


「死ぬことなんか怖くない、って言えたらカッコいいのかな」

ちひろは苦笑いを浮かべました。


「怖いよ、すごく。でも迷ってはいない。絶対にやりとげて、生きて戻るって決めたんだ」


 ちひろは、まっすぐに隼人の目を見て言いました。

「力を貸して、父さん」


 隼人は困ったような表情で、ちひろを見つめ返していました。


 父として、先輩ヒーローとして、ひとりの男として。

 自分はどうするべきなのか、隼人は悩んでいるようでした。


 しばらく目を閉じ、じっと考え込んでいましたが、やがて大きく息をつくと、隼人は顔を上げました。


 その瞳にはもう、迷いはひとかけらもありません。

 隼人の左手が、虹色に輝き始めました。


 そのまま、その手を宙にかざします。

 虹色のヒーローオーラが、四方へパッとはじけました。

 ちひろのバリアをなぞるように、隼人のオーラが壁を伝って広がっていきます。


「すごい……」

 その力強さ、そのあまりの美しさに、ちひろは息を飲むばかりでした。


 入口の壊れたバリアもすっかりふさがり、さっきよりもさらに厚く、さらに強固になったバリアが地下室をしっかり覆いました。


「覚悟が足りないのは俺の方だったな。ヒーローとはどうあるべきか、お前に教えられたよ」


 隼人は、ちひろの目をまっすぐに見つめて、力強く言いました。

「俺も誓おう。俺のすべてをかけて、この町の平和と、お前の命を守ってみせる」


 ちひろも隼人をしっかりと見つめて、深く頷きました。



 台座のカウントダウンは、あと五分に迫っています。


「始めるぞ。ステージに上がれ」

 言われるがままに、ちひろはステージに立ちました。


 背後に隼人が立って、準備完了です。


「やわらかい布をイメージしろ。【青い月】とお前のエナジーで織り上げた、しなやかで強い布だ

「うん」

「そいつで【赤い月】を包むんだ。何重にも巻きつけて、しっかり包んでしまえ。【青い月】は、【赤い月】の光を感じると、抑え込もうとして暴れ出す。【赤い月】が目覚めるまでは、お前が抑えていなければならない。手綱をしっかり引くように、エネルギーをコントロールするんだ」

「わかった」

「【赤い月】が目覚める瞬間、その手綱を放せ。必ずうまくいく。そう信じろ」


 台座の表示は、あと三分です。


「増幅装置はお前のすべてを吸い上げようとするだろう。全部くれてやれ。怖がるな。俺が絶対にお前を死なせない」

「大丈夫。父さんを信じるよ」


 ちひろは増幅装置のスイッチレバーに手を伸ばしました。


(行くぞ)


 ちひろは大きく息を吸うと、レバーを一気に引き下ろしました。

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