7-4

 それは、部屋の入口部分のバリアが粉々に砕けた音でした。

 ちひろが驚いて振り返ると、視線の先に人影が飛び込んできました。


 桐生ではありませんでした。桂城でもありません。

 荒い息を繰り返しながら飛び込んできたのは、父にそっくりなあの男です。


 ちひろは身構えると、油断なく男をじっと見つめます。

 男はちひろの姿を見て、少し安心したような表情を見せました。


「信じないかもしれないが、俺は敵じゃない」

 男はそう言いました。

 以前聞いた時と同じ、秋風のような不思議な響きの声です。


「【青い月】を渡すんだ。あとは俺が何とかする。お前は村へ戻るんだ」


 ちひろは身構えたまま、男の目を見つめて言いました。

「ひとつだけ教えてほしい。カズマは生きてるの?」


 男は頷きました。

「ケガはしているが、命に別状はない。すぐに回復するだろう」


 ちひろは小さく息をつくと、握りしめていたコインをぽんと投げました。

 男はそれを左手で受け止めましたが、すぐにけげんな表情を浮かべました。


「【青い月】なら、ここだよ」


 ちひろの右手が、ぼんやりと青い光を放っています。

【青い月】は光太郎の手からカズマのコインへと移り、さらにコインからちひろの右手へと移動していたのです。


「そう簡単に切り札は渡せないよ。あなたが敵か味方か、まだ分からないからね」

 ちひろがそういうと、男は少しだけ笑いました。


「なるほど。正しい選択だ」

「あなたこそ、村へ――母さんのところへ戻ってよ、父さん」


 目の前の男が敵でないことくらい、ちひろにも分かっていました。

 男の表情が前とはまるで違っていますし、その左手の薬指にはキラリと光る指輪がはめられていました。

 それは母との愛を思い出したという、何よりの証拠ではないでしょうか。


 男は――星崎隼人は、左右に首を振りました。

「ダメだ。お前を連れて帰らないと、母さんに怒られる」


 ちひろはフフッと笑いました。

「父さんも、母さんにはかなわないんだね」

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