7-2

 岩場を登り、小川を飛び越え、クヌギのトンネルを抜けて。

 丸太の階段を上ると、公園が見えてきます。


 林の奥には、あの洋館がひっそりとそびえていました。


 壊れた扉を踏み越え、つるりとした真っ白い廊下を奥まで進みます。

 やがて扉にたどりつくと、ちひろは桐生と顔を見合わせ、力強く扉を開け放しました。


 がらんと薄暗い部屋です。

 以前あったはずの筒状の柱は、今はありません。

 ヒーロー本部が調査のため、すべて持ち去ってしまったからです。


 残されているのは正面の大きなモニターと、中央の壊れた円卓だけです。


 モニターには、今は何も映っていません。

 白い光が画面から発せられているだけです。


 その光をさえぎるように、背が高くてやせた男の影が立っていました。


「ようこそ、ヒーロー諸君。私の実験に立ち会ってくれるとは、感謝感激ですな」

 ヒェッヒェッと、男は笑いました。


「貴様が桂城か。かつては天才物理学者として名高かった男も、今では悪の組織の科学者か」

「そうさ、私の天才的頭脳をねたんだ連中に追放されてね。だが、それも今夜でおしまいだ!」


 桂城は、手に持っていたリモコンのボタンを押しました。

 すると、壁のモニターに映像が映し出されました。


 台座の上に置かれた、大きな丸い物体。

 透明な球体の中に、ぼんやりと光る赤い光が入っています。


「これが【赤い月】! これこそ私の最高傑作! 人間の心から理性を奪い去り、ただの野蛮な動物へと逆戻りさせる神秘の光!」


「なんだか、ずいぶん暗く見えるね」

 ちひろが言うと、桂城はあざけるように笑いました。


「今は眠っているのだ。だが、あと三十分後には、目もくらむような鮮やかな光を放つ。そのタイミングに合わせて、この町の空へと【赤い月】を打ち上げるのだ!」

「それをさせないために、我々が来たのだがな」

「させない? どうやって止めるというのかね」

「お前には関係ない。さあ、どいてもらおうか」

「邪魔はさせんぞ、ヒーローどもめ!」


 そう叫ぶが早いか、桂城はポケットから注射器を取り出すと、自分の腕にぶすりと突き刺しました。

 そして、毒々しい緑色の薬液をどんどん体に注入していきます。


 次の瞬間、恐ろしいことが起こりました。

 なんと、ちひろたちの目の前で、桂城の体がどんどん大きくふくらんでいくではありませんか。


「ヒェッヒェッヒェッ! スピードもパワーも増した、今の私に勝てるかね?」


 桂城は大きくジャンプすると、ちひろたち目がけて落ちてきます。

 素早く飛びのいたちひろの目の前で、硬いコンクリートの地面が砕けました。


 桂城は『あと三十分』と言いました。

 ここで足止めをされている時間はありません。


 ちひろは桂城の攻撃をよけながら言いました。

「桐生さん、ここを任せてもいいですか? 俺は【赤い月】を止めに行きます!」


「無茶だ! お前ひとりのヒーローオーラでは足りない!」

 そう叫び返す桐生の表情にも、余裕はありません。


 桂城はふたりの様子を眺め、愉快でたまらないといった顔で笑いだしました。


「ヒェッヒェッ! 面白い小僧だ。いいだろう、小僧ひとりなら行かせてやるぞ! 命を落として英雄になるか、命を惜しんで悪魔になるか。好きな方を選ぶがいいさ!」


 桂城の体はもとの三倍ほどの大きさになっていました。

 腕や足などは、まるで大きな丸太のようです。

 そう簡単に、ふたりを地下室へと通してくれそうにありません。


 桐生は変わり果てた桂木の姿をにらみ付けながら、ちひろに言いました。

「どちらにしても時間がないな。星崎、先に行け。俺も桂城を片付けたら、すぐに行く」

「分かりました」

「俺が行くまで、無茶をするなよ」


 ちひろは、その言葉に返事をすることなく、壁にあらわれた隠し通路へと駆け出しました。


「おい、星崎!」

 桐生の声が聞こえましたが、ちひろは振り返りませんでした。


 階段を降りていくちひろの背後では、桐生と桂城の激しい戦いがはじまろうとしていました。

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