7-1

 ちひろと桐生タケルが海辺の町へ到着した時には、太陽はもう海の向こうへ消えかけていました。

 山の登り口にバイクをとめると、ふたりは突風のような速さで山を駆けあがっていきます。


「桐生さん、聞きたいことがあるんです!」

 自分たちの足音にかき消されないよう、ちひろは大声で言いました。


「なんだ!」

「館に着いたら、何をするつもりなんですか!」

「館を破壊し、地下室を埋める!」

「えっ、埋める?」

「【青い月】がなければ【赤い月】を消滅させることはできん! 空へ打ち上げられてしまう前に、地下に封印するしかない!」

「待ってください、【青い月】ならここにあります!」

「なにっ?」


 桐生は慌てて立ち止まりました。

 ちひろも足を止めて、ポケットからコインを取り出します。


「これです。カズマが残したこのコインに【青い月】が宿っていたんです」

「なんと、そうだったのか。ならば作戦変更だ。【青い月】を使って【赤い月】を消滅させるぞ」

「【青い月】と【赤い月】をぶつけるんですね」

「そうだ。だが、そんなに簡単な話ではない」

 桐生はきびしい表情で言いました。


「【青い月】と【赤い月】は、互いに反発し合う物質だ。ぶつければ反応を起こし、消滅するときに爆発する。海辺の町など簡単に吹き飛んでしまうだろう」

「ええっ、そんな……」


 せっかくつかんだ希望が、そんな危険なものだったとは。

 これでは、町を守るどころではありません。


「落ち込むな。危険なやり方だが、策はある」

「どうするんですか?」


「その前に聞こう、星崎ちひろ。お前はこの作戦に、命をかける覚悟があるか」


 命をかける。

 桐生の口から聞くと、その言葉には怖いくらいの重みがありました。

 きっとこれまで何度も、桐生は命をかけて人々を守ってきたのでしょう。


 死ぬかもしれない――漠然としたイメージではなく、確かな手触りをもって死を意識した今、ちひろは簡単に返事をすることができませんでした。


 黙ってしまったちひろを見て、桐生は満足そうに頷きました。


「それでいい。軽々しく『命をかけます』などと言ってはならん。いいか、星崎。命をかけるということは、『生きて戻る』という覚悟を決めることだ。俺はそう思っている。生きるか死ぬかの危険に飛び込んでもなお、生きて戻るという誓い――これが、命をかけるということだと思う」

「はい」

「ではあらためて聞こう。星崎、命をかける覚悟はあるか」


 ちひろは、桐生の目をしっかりと見据えて言いました。

「あります」

「よし、では作戦を説明する」


 桐生の作戦はこうです。


 館の地下室に入ったら、まずは周りにバリアを張り巡らせます。

 これで、作戦が失敗した場合でも、少しは町への被害を減らせるでしょう。 


 次に、ちひろが【青い月】に自分のヒーローオーラを注入し、混ぜ合わせます。

 そうすることで、ちひろの守備の力を【青い月】に与えるのです。

 桐生のオーラは攻撃型ですから、この役目はちひろにしかできません。


 そして最後に、守備の力を持った【青い月】で【赤い月】をすっぽり包んでしまうのです。

【青い月】で、ちょうどカプセルのように【赤い月】を閉じこめてしまえば、ふたつの力がぶつかっても、カプセルの中で爆発がおさまるというわけです。

 もちろん、カプセルの強度が弱ければ、爆発の被害は広がってしまうのですが。


「どうだ、星崎。できそうか?」

 桐生がたずねると、ちひろは少し考えてから答えました。


「作戦の中身は分かりました。でも、ひとつ気になることがあるんです」

「なんだ?」

「ここにある【青い月】は、淡くて小さな光です。【赤い月】にぶつけるには、光の量が足りないんじゃないでしょうか」

「確かにそうだ。だが、敵の本拠地にはエネルギー増幅装置があるはずだ。それを使おう」

「エネルギー増幅装置?」

 聞きなれない言葉に、ちひろは首をかしげました。


「敵の科学者・桂城かつらぎが開発した機械だ。それを使えば物質の持つエネルギーを何百倍にも増幅することができるという、画期的な発明だった。だが、重大な問題も抱えていた」

「どんな問題ですか」

「増幅する物質の持つエネルギーを、根こそぎ奪ってしまうのだ。例えばお前のヒーローオーラを増幅した場合、お前自身はすべてのオーラを奪われ、死んでしまうだろう」


 思わず息を飲んだちひろを見て、桐生はニッと笑いました。


「心配するな。そう簡単にお前を死なせたりはしない。お前と【青い月】のエネルギーを装置で増幅させる間、俺は持てる限りのオーラをお前に送り続ける。そうすれば、お前はすべての生命力を奪いつくされなくてすむはずだ」


 ちひろは深く息を吸い込むと、しっかりと頷きました。

「桐生さんを信じます」


 ふたりはかたく握手を交わしました。

 ついに、決戦の時がやってきたのです。

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