6-2

 ちひろは鉄格子を挟んで、ふたりと向かい合っていました。


「全く、ひどいことをするものだ。自分たちが正しいと思えば、証拠もないのに教え子を牢に放り込む。だから、吾輩はヒーローが嫌いなのだ」


 ブロッチ総帥は、苦々しい表情で牢屋を見渡しました。


「総帥は、どうしてここへ来てくれたの?」

「言ったはずだぞ、我々はライバルだと。ライバルとは、時に敵であるが、時に最良の友でもある。つまり男とは、そういうものなのだとな」

「そっか、ありがとう」

「礼には及ばん。それより、大変なことが起きておるのだ!」

「そうだ、オオカミ人間が現れたって聞いたんだけど」

「現れたさ、近隣の町にな」

「えっ、近隣の町?」

「そうだ。山間の町と、大きな港のある街に、十数体のオオカミ人間が出現した」

「海辺の町には?」

「海辺の町には、何も起きておらん。いつものように、至って平和だ」


 ちひろは、ほっと息をつきました。

 ですが、ブロッチ総裁は、けわしい表情を崩しません。


「何を安心しておる? そんなもの、陽動作戦に決まっているだろう」

「陽動作戦?」

「なんだ、知らんのか? 騒ぎを起こしておいて、敵をそちらに引き付けておく。そして、本当の計画は、別の場所で実行するのだ」

「じゃあ、敵の本当の狙いは?」

「それは……知らん!」

「え?」

「だが、イヤな予感がするのだ。これは吾輩の、悪の総帥としてのカンである!」

「なんだよ、それ」


 がっかりするちひろに、テツさんが言いました。


「敵の計画は『ハウリングムーン計画』。簡単に言うと、町中の人々をオオカミ人間にしてしまう計画だ」

「えっ?」

「【赤い月】という、赤く光る大きな玉を空へと打ち上げる。そいつは特別な波長の光でな。たった数秒見つめるだけで、凶暴な心を呼び起こす。つまり、その赤い光を見た者は、オオカミ人間になってしまうんだ」

「そんな!」

「そして【青い月】。これは【赤い月】と対になる存在だ。凶暴な心を眠らせ、理性を思い出すことができる光。つまり、オオカミ人間を元に戻す光だ。そのふたつを使って、敵はオオカミ人間をたくさん生み出し、操るつもりなんだ」


 ちひろは息を飲みました。

 もしこの計画が日本中で行われたら、どうなってしまうのか……。


「お前とカズマが踏み込んだ洋館は、本部がすっかり捜索した。だけど、地下室があることまでは突き止められなかった」

「地下室?」


 テツさんは頷きました。


「地下室では今も、実験が続いていたんだ」

「じゃあ、敵はまだ、海辺の町にいるってこと?」


 ちひろは、全身からサッと血の気が引くのを感じました。

 それならば『ハウリングムーン計画』は、海辺の町で行われるはずです。


 テツさんは続けます。

「本当は、敵はもっと早く計画を実行するつもりだった。だが、問題が起きた。【青い月】が盗まれてしまったんだ」

「そうだ。【青い月】はまだ見つかってないはずだよ」

「ああ。【青い月】が見つかるまで、計画を実行しないはずだったんだ。だけど、敵の科学者が暴走をはじめたらしい」


 ちひろは思い出しました。背が高くてひどく痩せて、笑い方が耳障りな、あの男です。


「オオカミ人間をコントロールする必要などない。ただ暴れさせて、混乱を招けばいい。科学者はそう主張し、勝手に計画を実行するつもりらしい」

「なんてことを……でも、テツさん。どうしてそんなこと知ってるの?」

「へっへ、企業秘密さ。おっと、コイツは烏丸からあずかった」

 テツさんはポケットから、カギを取り出しました。


「お前を助けてくれって頼まれた。あいつの涙なんて、初めて見たよ」

 がちゃりと、牢の扉が開きました。


「ちひろ。コインの裏表で運命を決めるのは、迷ったときにやることだ。だけどお前の心はもう、迷ってないんじゃないのか?」


 テツさんはそう言うと、銀色に光るコインをちひろの手のひらにのせました。


「テツさん、俺……」

「気持ちに理由づけなんて必要ねえよ。お前が行きたいなら行け! それでいいんだ、そうだろ?」


 テツさんは、ニッと笑いました。

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