5-5

「……ねえ、テツさん」

 ちひろは、少しためらいながら切り出しました。


「どうした?」

「父さんそっくりな敵がいたって言ったでしょう? その男を、この村で見たんだ」


 それは、なぜだか学園長にも言えなかった出来事でした。


「あの人、何者なのかな。父さんとは別人なのかな」

 テツさんは黙って聞いています。


 ピィー

 空の高いところで、トンビが一声鳴きました。


「この村に現れたってことは、【青い月】がこの村にあるって思ってるんだろうな。でも、俺は持ってない。そもそも、あいつらは何をしようとしてるんだろう」

「ちひろ」

「あの男は本当に、父さんとは別人なんだろうか。実は、父さんなのかもしれない。もし父さんなら、どうして若い時の姿のままなんだろう。どうして悪の組織にいるんだろう。どうしてあの時、俺を殺さなかったんだろう」

「ち、ひ、ろ!」


 テツさんはいきなり、ちひろの両ほっぺを、大きな手でぎゅうっと挟みました。


「テツひゃん?」

「ほらほら、落ち着けよ。今考えたって、分からないことだらけだろ?」


 テツさんは笑っています。

 その顔を見ているうちに、ちひろも肩から力が抜けて、つられて笑いました。


 テツさんはちひろの顔から手を離すと、うーんと大きく伸びをしました。


「お前、だいぶこんがらがってるな。そういうときはな、できるだけ単純に、シンプルにするといい」

「シンプルに」

 テツさんは、そうそう、と頷きました。


「事実だけを外側から、遠くから見るんだ。できるだけクールに、冷めた目で見るんだぜ。こういうとき、感情はジャマになる」

「うん」

「カズマだって、事実だけを見れば『行方不明』ってだけだ。死んだとは限らない。そうだろ?」


 そうです。カズマはまだ、見つかっていないだけです。

 あまりにも激しい戦いの跡が残されていたせいで、ちひろだけでなく、学園の誰もがカズマの死を想像してしまったのです。


 でも確かに、事実だけを見るなら、カズマは『行方不明』が正解です。

 ちひろは、ただそれだけで心がすっと軽くなるのを感じました。


「な? 分かったろ、シンプル・イズ・ベストってな」

「分かった。やってみる」

「よし。じゃあ、残る問題は……」

「【青い月】のこと?」

「かんなちゃんのことに決まってるだろ。さあ、どうやって仲直りするかな」

「もう、テツさん!」

「何だよ。男だったら、好きな女の子のことが一番の問題だろうが」


 ちひろはあきれて笑いましたが、すぐにうつむいてしまいました。


「仲直りなんて、無理だよ」

「なんで?」

「だって、怒らせた上に、泣かせちゃったんだから。俺、ひどいこと言ったんだ」

「距離が近づけば、ぶつかることだってあるさ。でもな、大事なのはその後だ。泣かせちまったんなら、今度はとびっきりの笑顔にしてやんねえとな!」


 テツさんはニッと笑いました。


 透明な風が、丘の上を吹き渡っていきます。

 大雨の後の空は磨かれたような青さで、どこまでも高く澄んでいます。


 ちひろは頷くと、言いました。

「ありがと、テツさん」


 それからふたりは、かんなと仲直りする方法をいくつも考えました。

 テツさんの考える方法はどれもキザすぎて、ちひろにはできそうもありませんでしたが。


 どれくらい時間が過ぎたでしょうか。


 黒い立派な車が、すべるように山道を登ってきます。

 やがて車はふたりの側で止まりました。


 降りて来たのは、スーツ姿の男性です。

 運転席に、もうひとり。

 胸には、ヒーロー協会員であることを示すバッジが光っています。


「星崎ちひろ君ですね」

「はい」


 ちひろが答えると、男性はヒーロー本部の会員証を見せました。どうやら偽物ではないようです。


「我々は学園長の命令で来ました。すぐに学園へ戻ってください」

「何かあったんですか?」

「君の報告にあったオオカミ人間たちが、近くの町に大勢現れたのです」

「なんだって?」


  ちひろの頭には、赤い目をしたオオカミ人間たちの姿が、まざまざとよみがえっていました。

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