5-4

 ちひろはテツさんと一緒に、村のはずれの丘の上に来ていました。


 緑の草に覆われた大地が、ゆるやかな起伏を描きながら、ずっと遠くまで続いています。

 丘の上には、白い小さな見晴らし台があります。

 テツさんはその近くにバイクを止めました。


 ちひろは草の上に寝ころびました。

 雲ひとつない青空が、目の前に押し寄せてくるかのような迫力です。

 トンビが一羽、大きく輪を描いて飛んでいます。


「ちひろ。お前、ここに来た事はあるか?」

 隣で寝そべっているテツさんが、そうたずねました。


「小さいころ家族でよく来たって、母さんは言ってた。俺は何も覚えてないけど」

「そうか」


 テツさんの横顔は、今日の空のようにカラッと晴れていて、曇った様子は少しもありません。


 やがて、テツさんは勢いよく起き上がりました。

 ちひろも、ゆっくり体を起こします。


 丘の上から見下ろすと、バイクで走ってきた山道が、急なカーブをいくつも描いているのが見えます。

 道の一方は村へ、もう一方は町の方へと続いています。

 そのまま道なりに行けば、海辺の町にも着くはずです。


「なあ、ちひろ」

「ん?」

「はじめから聞かせてくれよ。お前とカズマの話」

「話っていっても、情けないことばっかりだよ?」

「そんなはずないさ」

「……」

「ほら、早く」


 テツさんに促され、ちひろは少しずつ話し始めました。


 活躍の場が全然なくて、トレーニングばかりの日々だったこと。

 それでも、カズマがいたから、腐らずにいられたこと。


 突如あらわれた悪の組織・ブラックパンジーのこと。

 ブロッチ総帥が意外といい奴だったこと。

 彼らの出現によって、こぎつね幼稚園のみんなと仲良くなったこと。


 遠吠えをする人々の噂のこと。

 桐生タケルがあらわれたこと。


 光太郎と光る球のこと。

 山頂の怪しい洋館のこと。


 危険な悪の組織がいたこと。

 そして、父にそっくりなあの男のこと。


 それから、思い出したくない、つらい敗北のこと――。


「桐生タケルに、ヒーロー失格って言われちゃった。かんな先生にも、見損なった、って」

「かんな先生ってのは、幼稚園の保育士さんだな?」

「うん。元気がよくて、子供たちのことを大切に思っていて、ちょっと気が強いんだ。ブロッチ総帥には『ほうき女』って呼ばれてた」

「は、は、は! そいつはいいや」


 テツさんはカラカラと笑った後、軽く深呼吸すると、言いました。


「なあ、ちひろ。めんどくさいこと、いっぱいあったろ」

「うん」

「今でもまだ、こんがらがってる」

「うん」

「俺もだ」

「えっ?」

「なんだよ、その顔は。俺だって、こんがらがっちまう時くらいあるさ」

「そうなの? テツさんって、悩みがないのかと思ってた」

「おいおい、そんなわけねえだろ。前にも言ったけど、生きるってのはめんどくさいもんなんだ。まあ、俺くらいになると、そのめんどくささも楽しめるんだけどよ、たまにはどうしようもないことだってあるのさ」


 一瞬――ほんの一瞬だけ、テツさんの目が曇ったように見えました。

 まるで、まだ昨日の雨が止んでいないような、そんな風に見えました。


 けれどそれは本当に一瞬で、テツさんはもう、いつもの様子でニタッと笑いました。


「だからさ、ちひろに会いたかった。お前と話してると、こんがらがっちまったいろいろなことが、ほどけていくような気がするんだ」

「そんなこと言うの、テツさんだけだよ」

「みんな言わないだけさ。ちゃんとわかってる。だからカズマは、お前が好きなんだよ。たぶん、かんなちゃんもな」

「えっ? えっ?」

「はっは! なに慌ててるんだよ、分かりやすい奴だな。ちひろは本当に、隼人そっくりだ」


 テツさんは、なぜだかとても嬉しそうに笑いました。

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