5-3

 また、朝がやってきました。


 ちひろはベッドの上から、ぼんやり窓の外を眺めていました。

 昨日はひどい雨でしたが、今朝の空はからっと晴れています。

 小鳥が二羽、ちひろの視線の先を気持ちよさそうに横切っていきます。


 村に戻ってから一週間。

 家に戻ってゆっくり過ごしたおかげで、限界だった体も心も、かなり回復していました。

 特に、心の中はやっと激しい波がおさまってきたようで、ちひろらしい落ち着きを取り戻していました。


 冷静になった頭で、ちひろはいつの間にか考えていました。

 父に似たあの男は、この村になんの用があるのかと。


『【青い月】はどこだ、あの町にはもうない』

『お前が持ち出したのか』


 つまり、【青い月】はまだ見つかっていないのです。


 青い光なら、光太郎の手に宿っていたはずです。

 敵が見落としているのか、それともまた、別の何かに移ってしまったのでしょうか。


「とりあえず、光太郎は無事なんだ」


 【青い月】がなければ、計画は進められない――モニターの中の少年が、そう言っていました。

 恐らく、敵は必死になって探していることでしょう。


 父に似た男は、ちひろが【青い月】を持ち出したと思っている様子でした。

 ちひろには心当たりがありませんが、もし敵がそう思って襲ってくるとしたら、母にも危険が及ぶかもしれません。


 母は、家を出る前と変わらない様子で、ちひろと接してくれています。

 ちひろが部屋から出てこなくても、あまり気にしているそぶりは見せません。

 本当は心配しているのでしょうが、そっとしておくのが一番だと知っているのです。


 リビングには、相変わらず家族写真が飾られたままでした。

 それはつまり、母があの男の存在をまだ知らない、ということです。

 いくら母が強い人だとはいえ、あの男の存在を知れば、心穏やかではいられないでしょう。


(せめて、母さんだけは守らないと)

 ちひろは、そう強く思います。


 ですが、その度に『貴様はヒーロー失格だ』という桐生タケルの言葉が、耳の底からよみがえってくるのでした。


(そうだよな。ここには、俺よりずっと強いヒーローが大勢いる。俺なんか、必要ないに決まってる)


 そうやってすぐ、ちひろの決意はあっけなく崩れてしまうのでした。




 低く響くエンジンの音が近づいてきて、家のそばで止まりました。


 しばらくして、

「ちひろ、お客さんよ」

 と、母が呼びに来ました。


 ちひろはパジャマのまま部屋から出ると、階段を降りていきました。


「よう、ちひろ! 久しぶりじゃねえか」

「テツさん」


 テツさんは黒い革のライダースーツを着て、ヘルメットを抱えています。

 ちひろと目が合うと、ニタッと笑いました。


「今のエンジンの音って、もしかしてテツさん?」

「そうだよ。ほら、さっさと着替えてこい、出かけるぞ」

「出かける?」

「いいから付き合えよ。ほら、早く!」

 テツさんはちひろの背中を押して急かします。


「わかった、わかったよ! ちょっと待ってて」


 母はそんなやりとりを見ながら、ニコニコ笑っています。

 ちひろは少し困ったように、けれど本当に久しぶりに、ちょっと笑いました。


 五分後、ちひろを乗せたテツさんのバイクは、力強い音を立てて走り出していました。

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